狩人とあい
横で眠っているあいを起さないようにベッドを離れ、バスローブを羽織ってソファーに移った。煙草がうまい。今までの鬱積が霧散したような寛ぎの充足感だった。
この開放感は何だ?俺は何を求めていたのだろう? それほどの過不足もなく年功序列で中間管理職になり、自分なりに家庭を大事にして定年後は趣味の絵を楽しめればいいと思っていた。会社の業績の悪化は不景気のせいだけじゃなく経営陣の見通しの甘さだ。 派閥の責任の擦り合いに呆れても、上の問題で自分の仕事を真面目にこなしていればいいと思っていた。しかし、そのしわ寄せは徐々に職場の雰囲気と仕事の意味を変えていった。 転勤族で周囲は会社関連の付き合いしかない。だから、全く違う世界の人間が集まったチャットにのめりこんだ。
「ねえ、喉が乾いたわ。冷蔵庫に何かある?」 あいが目を覚まし、ベッドのシーツの中から甘い声を出した。脇の冷蔵庫を空けると市価の2倍の値札で缶が並んでいる。 「コーラにコーヒーに、ビールだ」 「ビール、持ってきて」 「はい、お姫さま。ただいま」 缶ビールをコップに移し替え、ベッドのあいに渡した。小柄で19歳にしては少年のような身体だが、吸い付くような滑らかな肌だ。モーテルで部屋をとり、彼女が当初の目的を済ませれば少し休んでから何もしなくて出てもよかった。しかしあいは当然のようにベッドに誘い、俺は何の罪悪感もなく彼女を抱いた。 「今、何時?」 「2時だよ、1時間くらい眠ってた」 「昨日、眠ってなかったの。でも起きた時に一緒にいて欲しかったな・・」 「はい、お嬢様。今後、肝に銘じます」 俺はバスローブのままあいの横に寝転んだ。あいはビールを飲み干すと、安心したように僕の胸に擦り寄る。
「私ね、寝た相手じゃないと安心出来ないの」 「どういう事?」 「寝るとね、もう他人じゃないの。気持ちも通じるわ」 「じゃ・・もしボギーがオフ相手だったら?」 「若い子は乱暴で勝手だから嫌い」
会社がブライトセレクション制度を導入した。能力の発揮出来る派遣先を探そうというものだが、実際はリストラ目的の人事異動でブラックリスト制度と社員は呼んでいる。 部長の評価が大きいので、課長クラスは部下からも軽視されるようになった。密告者の噂が飛び交い、疑心暗鬼で何も言えなくなった。 社宅なので職場の雰囲気は家庭にも影響している。俺が部長と合わないのを知ってる妻は不安からヒステリーを起して当り散らすようになった。
「ずっと年上の人が好き。頼れるし優しくて甘えられるから」 結婚が遅かったので子供はまだ小学生だが、年齢的にはあいの父親とそれほど変わらないだろう。チャットではボギーとあい、俺と主婦のつるの組み合わせで話す事が多かった。 「誰か付き合ってる男はいるのか?」 「高校の時に先生とね・・男友達はいるけど、付き合ってるという関係じゃないわ」 「俺は合格?」 「ふふ・・これからね」 俺はあいの髪を撫でてキスした。俺の周囲は狂っている。きっと俺もその中で平衡感覚を失っているだろう。あいと二人なら会社も家庭も忘れられる。チャットで感じるように、いろいろなしがらみを捨てた生の自分に戻れる気がした。 「ね、シャワーで汗を流したいんだけど・・」 あいが起き上がり、枕の所にあったバスタオルを身体に巻いた。 「一緒に入ろうか?」 「エッチ!ここのバス、ガラス張りでしょう?恥ずかしいから背中向けて振り向いちゃ駄目よ」 「いまさら恥ずかしい?」 「うん。約束よ?」 「はい、王女様の言いつけには逆らえません」 あいが浴室に入り、俺は約束を守った。ただ・・・目の前には浴室が見える鏡が。
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