狩人とつる


 手洗いから戻ると狩人はソファーで煙草を吸っていた。夫以外の男性とホテルの部屋にいることに恐れより軽い興奮を覚える。部屋の半分を占める大きなダブルベッドにガラス張りのバス、知識としては聞いていたがやはり異様だった。
 「何か飲む?」
 慣れた感じで狩人が横にある小型冷蔵庫を開けて覗く。夫より年長だが、若い感じがした。
 「何があるの?」
 「缶コーヒ、コーラ、ビールに小瓶のウイスキーだね」
 「コーヒーがいいわ」
 冷蔵庫からコーヒーを2本取り出し、片方を私に差し出す。間をとってソファーに腰掛けた。
 「こんな場所・・初めて」
 「俺もだよ。ラブホテルってこういう所なんだね。」
 「本当?」
 「うん、やはり緊張するな。チャットでは気楽に話せるのにね」
 「奥さんには何と言って?」
 狩人の表情が少し曇った。
 「ただ、用事があるから遅くなるってだけだよ。俺が何しても興味ないんだ。つるは?」
 「学生時代の友達と会うって・・」
 主人も私が何を考え、何をしているのか関心がない。親の勧めで大学の時に見合いをして、卒業後に結婚した。同居が条件だったが、優しそうな義父母だったので負担とは思わなかった。
 最初はうまくいっていた。妊娠し、喜んだ義母は病院を信用せず、自分の体験とか人から聞いた話で私にいろいろな運動や風習を押し付けてきた。母が言う事なら間違いないと主人の後押しもあって無理をしながら従ったが、それが原因で流産してしまった。そして、もう子供は無理だという医者の宣告。
 「チャットで聞き忘れてたけど、狩人って兄弟歌手の狩人から?」
 「みんなそう言うけど、僕の好きな映画に<心は寂しき狩人>というのがあって、長いから狩人だけにしたんだ」
 よくこういう所だと男は人が変わったように乱暴になると聞くが、彼には別段そういう様子はない。
 「どんな映画?」
 「孤独な人達が理解してくれる相手を手探りで求めて、結局得られないという感じかな。なんだかチャットって、似た面があると思って」
 「理解し合える相手って、難しい。夫婦でもどこかすれ違うし」
 「ないものねだりと判っていても求め続ける、そんなイメージでつけたんだけど気障だね」
 彼は照れたみたいに頭を掻き、立ち上がった。
 「さて、出ようか。やっぱりここは雰囲気が悪いよ」
 「でも、何だか落ち着いて話せるわ。こういう所には二度と来れないと思うから、もう少しだけ休んでいたい」
 「もちろん、いいよ。平日の昼間だと3時間は同じ料金だから」
 彼は座り直し、笑ってまた煙草に火をつけた。
 「初めてなのに詳しいのね」
 「いや・・さっき説明書を読んだんだ・・」


 原因より結果が問題になった。もう子供が出来ないと判って家族の態度が変わった。世間体があるので離婚の話は出ないが、主人との夜の生活はなくなり、主婦というより実際は家政婦だった。私を抜きに義弟に子供がもう一人子供が出来たら養子にする約束が出来ている。


 私はバスを覗き、ベッドの方へ行って身を横たえてみた。
 「おいおい、、眠らないようにね」
 「いい気持ち。狩人もどう?」
 「うん、いいね」
 横に狩人が寝転ぶ。胸が苦しくなった。
 「浮気はしたことある?」
 「ないよ。ちょっとこういう場所では刺激的話題過ぎるな・・」
 私は目を閉じた。体が震える。でも、決心は出来ていた。
 「私って、女として魅力ない?」
 「魅力的だよ、だから困る。もう出ようよ」
 「このままここを出たら、きっとあなたは物足りなさを感じる。私を抱きたいのに我慢しているのなら、私はそれがつらいの」
 「ありがとう、確かに我慢してるけど・・でも後悔するよ。もうやめよう」
 「本当は、私も自分を変えたい。今だけでも・・今しかないから・・」
  彼が近づいてくるの。我慢出来ずに両手で顔を覆ったが、彼の手が優しくどけた。
 「遊びの気持ちじゃなくて、今の君があまりにも魅力的だから・・」
 キスされ、ブラウスのボタンが外される。私も身体を動かして協力した。
 「素敵だ・・」
 「何も言わないで。ただ・・優しくして・・・」
 みんな寂しいのかもしれない。だからチャットをする。だから抱き合う。何かを探して、何かを忘れる為に。
 きっと後悔しない。目を閉じ、身を委ねた。



エピローグへ