「あなたしか愛せない」

 苦痛は一瞬だった
 ガソリンを浴び、燃える私の身体
 溶け落ちて燻り、骨だけが残る
 「やっぱ、臭えなぁ」
 「次の女は崖から突き落とそう」
 「しかし、これだとばれないぜ」
 男達は鼻を抓みながら骨まで踏み潰す
 もう何も感じない
 何もない
 私は何処にもいない
 
 私には・・
 生きていた私には恋人がいた
 タカシ・・
 恋愛と結婚は別なのよ 
 惨めな生活はしたくない
 だから・・
 だから別れを告げた

 タカシと会う前にも彼氏がいたわ
 卒業すると連絡がなくなった
 誘われて参加した美術大との合コン
 少年の恥らいを浮かべて声をかけたわね
 タカシ・・許して・・タカシ
 
 六畳一間の学生アパート
 絵の具の匂いが染み付いていた
 求められて裸になり
 目を輝かせてタカシが描いた
 とても素敵な絵だったから
 私はタカシに抱かれた

 学校とバイトと制作
 インスタントラーメンと丸パン
 そんな生活のタカシだから
 デートなんてほとんどなかった
 会える時間も少なかった
 でも・・あの頃は楽しかった

 就職が決まらない
 焦っていた私に出会いがあった
 医学生で家は大病院
 アウディに乗せられてホテルへ行った
 医者の妻、将来の院長夫人
 タカシから心が離れた

 幸せな家庭が欲しいの
 タカシは頷いた
 未来のある生活が欲しいの
 それでもタカシは頷いた
 だから別れて
 寂しげにやっぱり頷いた 
 馬鹿ね、責めてくれればよかったのに

 タカシにはきっと才能があるわ
 ひたむきに夢を追う純粋さがあるわ
 でも私が求めたのは豊かな暮らし

 医学生に誘われて高原の別荘
 数人の仲間が待っていた
 輪姦され、ぶたれ、吊るされ
 そして最後に焼き殺された
 
 男達が憎いから念が残っているの?
 いえ、私が馬鹿だった
 恨むなら自分を恨むわ
 そして・・タカシ・・ごめんなさい 
 
 ここは・・タカシの部屋・・
 相変わらず画いているのね
 あなたに謝りたい
 それが私の念だったのね 
 デッサン、誰の絵なの?
 きれいな人・・新しい恋人?
 優しい表情、明るい笑顔
 写真と違って絵には心が描かれる
 この人はタカシを愛しているわ 
 幸せに、タカシ
 私を許して
 今度こそさようなら・・

 「涼子さん・・」
 私が判るの!
 この絵は・・違うわ、これは私じゃない!
 「あなたしか愛せない・・」
 そんなに見つめないで
 これは私じゃないの
 私は馬鹿で勝手で、冷たい女なのよ!
 
 「きっと一流の画家になって
 あなたにふさわしくなって迎えに行きます
 それまで・・どうか待っててください」

 タカシの心が・・タカシの念が・・
 タカシの愛が私を引き止めたのね・・

 朝、いつものように涼子の絵に語りかけるタカシ
 「涼子さんが悩んでいる事に気づかなかった
 自己満足の絵ばかり描いていた
 身勝手で、世間知らずで
 涼子さんの気持ちを考えていなかった
 愛想を尽かされるのも当然だったね
 涼子さんが離れてから、やっと目が覚めた
 教授の意見を素直に聞き、絵の欠点に気づいた
 推薦で二科展に出品出来る
 教授は評価してくれたし、自信もある
 涼子さんの・・あのヌードの絵を修正した作品
 受賞したら・・きっと連絡をしてくれるよね
 そうしたら・・言うよ・・幸せにするって・・」

 誰かに見つめられているような気がした
 手を加えていないが、絵に違和感
 でも、それは悪い意味じゃない
 まるでこの瞳は本当の涼子さんみたいだ
 「行って来るね、涼子さん」
 絵の涼子さんが微笑んだ気がして嬉しかった