○リサイクル倉庫ワンモア

 福岡県久留米市の筑後川沿い。元は物流会社所有だったリサイクル倉庫ワンモア。敷地は広く、倉庫の近くに3階建の社員寮がある。
 深夜、倉庫事務所傍の犬小屋を出て、秋田犬ツーは草が伸び放題の庭を通り、社員寮の3階を見上げる。中央の部屋に灯が点く。

○寛太の部屋

 1DKのフローリング部屋。
 携帯からサイレンの音。布団で寝ていた高木寛太(31)、枕元の携帯をとって画面を見る。04:12と送信者不明の表示。
 眉を顰めて耳に当てる。

寛太「誰だ」
正義「オレだ」

 寛太、溜息をついて声色を使う。

寛太「この電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上」

 天野正義(45)の怒鳴り声が遮る。

正義「ふざけるな、それが恩義あるオレへの態度か!」

 うんざりした様子の寛太。

寛太「どんな恩義ですか。受けた迷惑は数知れませんが」
正義「オレに勝って名が売れた。オレがワンモアを離れたから、今そこに居られる」
寛太「それを恩義と言いますかね」
正義「お前を殺すのは簡単だった。生きていられるのはオレの温情だ」
寛太「嬉しくて欠伸が出ます」
正義「まぁいい。特別に調査の仕事を任す」
寛太「お断りします。ボスからマサさんとは関わるなって厳命です」
正義「根津は、オレとお前の長く深く強い友情の絆を知らない」
寛太「腐れ縁は切りましょう」

 寛太が携帯を切ろうとする。慌てて正義が声を荒げる。

正義「待て、照美をワンモアから引き抜いてもいいのか」
寛太「破門の身でしょう?下手に動けない筈です」
正義「香港で大きな仕事をやった。もうすぐ破門は解ける」

 寛太、ベッドから出て机の引き出し奥から煙草の箱を取り出し、1本引き抜く。

寛太「轟のご隠居を動かしたんですか」
正義「そもそも、役目を果たしたのに破門は理不尽だ」
寛太「味方も潰してですか?関東と関西の協定破棄になるところでしたよ」
正義「くだらん喧嘩は両成敗」
寛太「もういいです。何処からですか?」
正義「マニラだ。沖縄より暑いぞ」
寛太「沖縄に行った事はありません。また名前を変えてるでしょう?」
正義「湯田十三、中国じゃゴルゴで通っている」
寛太「九龍の乱射はマサさんの仕業でしたか・・」

 寛太、キッチンに行きガスレンジを点ける。

正義「照美はオレに従う。だからお前の携帯も分かった」
寛太「脅したんですね」
正義「あのなぁ、追い詰められていたのを救ってワンモアに置いてるんだぞ。感謝されても恨まれる筋合いはない」
寛太「誓約書をとってですか」

 正義が言葉につまる。寛太はガスコンロで煙草に火をつけてガスを止める。

正義「照美が喋ったのか?」
寛太「サトルです」
正義「あの野郎・・戻ったらただじゃおかない」
寛太「今は僕の下で、手を出させません。新撰組のご法度みたいで、正義に逆らうを許さずとか」
正義「土方歳三が好きでな。誠に全身全霊尽くすべし、本人も異存はないだろう」
寛太「強制されてと自由意志は大きな違いです」

 正義が考え込んでいる間に寛太、ジュースの缶をゴミ箱から取り出して手に持つ。

正義「いいだろう。終わったら誓約書を返す」
寛太「そう来ますか」
正義「翔平も学校に慣れただろうしな」
寛太「あ、土曜はサガン鳥栖の試合に連れて行く約束です」
正義「それくらい、お前じゃなくてもサトルでいい」
寛太「まぁ、それでもいいか。どんな仕事です?」

 寛太、煙草を吸い込む。

○広島の太田川下流

 うつ伏せで岸に浮かぶ女性の死体。

 正義の声「二ヶ月程前、各地でスコールが激しかったそうだな」
    寛太の声「地球温暖化による異常気象とか騒いでいました」

○新聞記事  

 「集中豪雨の悲劇。橋から転落し主婦野口恵理さん(51)溺死」

 正義の声「警察は単純に集中豪雨による事故死と発表した」

○機内

 地味な軽装の野口裕二(57)が、飛行機の窓からぼんやりと外を眺めている。

 正義の声「野口恵理さんはオレの命の恩人だ。」
    寛太の声「事故じゃなくて事件と思っているのですか?」
    正義の声「賢明で慎重な人だ」
    寛太の声「四十九日を過ぎての調査ですね」
    正義の声「事故死を知ったのは1週間前だ。まだ信じられない」
    寛太の声「死んだ人は生き返りませんよ」
    正義の声「本当の事が知りたい。特に亭主について調べろ」  

○寛太の部屋

 寛太、吸い終わった煙草を空缶に押し込む。

寛太「すぐ取り掛かります」
正義「また、こちらから電話する」

 寛太、携帯を閉じて窓の方へ行く。
 リサイクル倉庫「ワンモア」の最上階には灯が点いている。
 寮の前からツーが事務所の犬小屋へ戻る。


タイトル「四葉のクローバー〜青葉」

○リサイクル倉庫「ワンモア」の事務所

 寛太、入口で見張る秋田犬ツーの頭を撫でようとするが、ツーは避ける。
 事務所に入ると、奥から村松照美(28)が気付いて駆け寄る。

寛太「おはよう」
照美「おはようございます。あの・・天野さんから電話があって・・」
寛太「ああ、仕事で連絡が欲しかったのです。助かりました」
照美「すみません・・」

 涙ぐみながら、照美が頭を下げる。

寛太「その件で暫く広島に行きます。マコトさんは?」
照美「朝食の後に、天気がいいからと屋上です」
寛太「そうですか。仕事はサトルに指示しました」
照美「マコトさんに会って行かれないのですか?」
寛太「それが・・つい煙草を今朝吸ってしまって」

 寛太、頭を掻く。

照美「分かりました。マコトさんに伝えておきます」
寛太「やめてください、禁煙している事になっていますから」
照美「いえ、寛太さんが広島に出張されると」
寛太「あ、そうですね。それから土曜のベアスタにはサトルが翔平君を連れて行きます」
照美「高木さんと一緒じゃないなら、友達と自転車で行くと思いますよ」
寛太「それもいいですね。じゃ、何かあったら携帯に連絡してください」

 照美、もう一度頭を下げて出て行く寛太を見送る。
 寛太、ツーに話しかける。

寛太「後は頼むぞ」

 ツー、横を向いて鼻を鳴らす。

○バギオ空港

 荷物を抱えた野口裕二がゲートから出てくる。
 ユーリ・マリア・バビーニョ(21)が急ぎ足で近づき、思いつめた様子で裕二にしがみつく。

ユーリ「会イタカッタ・・」

 裕二、顔を赤くして周囲の視線を気にする。
 ユーリが啜り泣き、裕二はユーリの肩を抱いて空港の出口へ向かう。

○太田川寿橋

 幅3メートル程の古い橋の中央付近で、寛太が地図と周囲の風景を照合している。
 下流に新しい高取橋、上流側に県道の幸橋が見える。

○広島市高取町の野口家

 板塀に囲まれた古い造りの家。門のポストに新聞はなくチラシが数枚入っている。スーツに着替えた寛太が紙袋を手に、門のチャイムを何度か押す。
 隣の家から鈴木光子(70)が出てくる。

光子「野口さん、旅行で居ませんよ」
寛太「そうなんですか、困りました」
光子「急ぎの用事?」

 寛太、爽やかな笑顔を見せて名刺を渡す。

光子「調査会社?探偵さんかね」
寛太「ええ、実は亡くなった野口恵理さんのお母様から、どういう生活をしていたのか調べて欲しいという依頼なんです。それで、ご主人にお尋ねしようと思いまして」
光子「恵理さんのお母さん?」
寛太「はい、離婚されて恵理さんを父親が引き取ったそうです。お母様は再婚されて、今は息子夫婦と3人のお孫さんと暮されております。恵理さんの事は秘密にしていたので亡くなったと知っても家族に言えず、それで体調を崩して入院され、病院から私どもに調査依頼が来ました」
隣人「まぁ、まぁ、お可哀想に・・」
寛太「あの、よろしかったらこれ」

 寛太、袋を光子に差し出す。

寛太「野口さんに持ってきましが、いらっしゃらないなら生ものですから無駄になります。宜しかったらどうぞ」

 光子、袋の中を覗く。

光子「あら、大きなマスクメロンが二つも」
寛太「お母様に早く報告を差し上げたいのですが、旅行なら仕方ありません。また出直して来ます。いつ頃お帰りのご予定なんでしょうか?」
光子「確か予定は1週間だけど、あの人に聞いても・・立ち話も何だから、ちょっと私の家に来ない?」
寛太「いいんですか?」
光子「息子夫婦は仕事で、孫も学校なの。あなたは信用出来そうだからいいわ」
寛太「すみません、お邪魔します」

 寛太、光子の後から隣の鈴木家に入る。

○バギオのログハウス

 リビングのソファーに座って部屋を見回す裕二。コーヒーを運び、ユーリが裕二に体を寄せて横に腰掛ける。

裕二「ここは?」
ユーリ「レンタルハウス。前、恵理ママト泊マッタ」

裕二「そうか、ホテルよりいい」
ユーリ「ゴメンナサイ、飛行機、乗換エ疲レタデショウ」
裕二「いや、でもユーリはマニラに住んでいるんだろう?」
ユーリ「マニラ、落チ着カナイ」
裕二「仕事はどうした?」
ユーリ「不況デ観光客少ナイ、ガイドノ仕事ナイ」
裕二「そうか」

 裕二、ボストンバックから簡易仏壇を出してテーブルに置き開く。中には位牌と恵理の遺影。
 ユーリ、床に跪き、手を組んで泣く。

ユーリ「恵理ママ、ゴメンナサイ」
裕二「ユーリが謝ることはない」
ユーリ「セレモニー、オ墓参リニ行カナクテ」
裕二「亡くなったマミーが日本で酷い目にあったんだ。恵理も分かっている」
ユーリ「恩返シ、何モシテナイ」
裕二「ユーリは恵理の生き甲斐だったよ。恵理はフィリピンでユーリと暮らすつもりだった」

 驚いたようにユーリは顔をあげて裕二を見る。

ユーリ「恵理ママ、ソウ言ッタ?」
裕二「いや、推測だけどね」

 ユーリ、位牌に十字を切って、裕二を見る。

ユーリ「パパト恵理ママ、愛シ合イ結婚シタノ?」
裕二「いや、それは・・」

 裕二、困惑した表情。

ユーリ「違ウ?」
裕二「父が決めたんだ」
ユーリ「パパノパパ?」
裕二「うん、恵理のお父さんと父は戦友で、恵理のお父さんが亡くなって父は僕に恵理を妻にするよう命令した」
ユーリ「ソレマデ、恵理ママトハ?」
裕二「実家で初めて恵理と会った時には父がすべて決めていて、僕と恵理は、父の指図に従うだけだった」
ユーリ「恵理ママ、パパノパパニ従ウ?」
裕二「恵理は、父の娘になりたかった」
ユーリ「ヨク、判ラナイ」
裕二「いろいろと家庭の事情があったんだ」

 裕二、簡易仏壇をサイドボードの上に移動させ、手を合わせた。ユーリも裕二の仕草を真似て手を合わせる。

○ビジネスホテル

 窓際で寛太がメモを見ながら携帯に話している。

寛太「5月28日、市民会館で夜の7時からの地元議員の講演会に、野口恵理は公民館の動員で参加。行きも帰りも公民館主事の車に同乗予定でしたが、豪雨警戒の連絡で講演の途中に主事は公民館に戻っています」
正義「恵理さんは置いてきぼりか」
寛太「バスで帰り、バス停から歩いて家まで20分くらいの距離です。大通りから逸れて寿橋を渡る途中、強風で傘に引きずられて川へ転落」
正義「亭主は迎えに行けなかったのか?」
寛太「大阪に居ました。15年前に死んだ兄の家族と会い、事故の連絡は翌日の朝、大阪のホテルで受けています」
正義「畜生、悪いのは公民館の主事か」
寛太「公民館は建前として特定政党を応援出来ませんので、公民館行事に関わる事故としての保険金は支払われていません」
正義「戻ったら締めてやる。しかし、理恵さんが危険な状況で橋を渡るというのは納得出来ない。家に誰もいないんだろう?無理して帰る必要はないじゃないか」
寛太「詳しくは明日から調べます。ゲリラ豪雨で計画的犯罪は無理だと思いますが」
正義「まぁいい、亭主には会ったか?」
寛太「えっ、知らないんですか?」
正義「何だ・・」
寛太「フィリピンに旅行中です」
正義「それを早く言え!」

 携帯から聞こえる正義の怒鳴り声に寛太が驚く。

寛太「マサさんがマニラで野口がフィリピン旅行、偶然じゃないでしょう」
正義「いつからだ?」
寛太「昨日の朝、家を出ています」

 正義の舌打ち。

正義「奴らはマニラじゃない・・何処に隠れた・・」
寛太「奴らというのは、野口の他に誰か?」
正義「また連絡する」

 携帯が切れ、寛太はポケットから煙草を出し、外を見ながら一服する。

○ログハウス、裕二の寝室

 ベッドで寝ている裕二、パジャマ姿で見詰めるユーリ。
 裕二、気配に目を開ける。

裕二「どうした?」
ユーリ「隣、イイ?」
裕二「いいよ」

 裕二が横にずれて、ユーリは嬉しそうにベッドに入ってくる。
 裕二、そのまま眠り、ユーリは裕二の手を胸に引き寄せて目を閉じる。