同窓会
(1)



 小学校4年の夏休み、僕の家族は大阪から福岡県の久留米市に引越してきた。
 子供だったから事情は判らなかったが、学校の友だちに別れの挨拶も出来なかったし、新しいアパートは狭くていやだった。


 後で父から事情を知ったが、溶接工の父は無理を言う監督を殴って首になり、知り合いを頼って久留米に来たのだ。


 2学期が始まり、僕は転校生として南薫小学校の4年2組で先生に紹介された。
 席替えが行われ、二人掛けの机で隣の席に座ったのが永池千恵子だった。


 学級は2年単位で編成替えになる。みんなは1年と1学期の間一緒だったわけで、僕は異端者だった。
 最初は関西弁をからかわれたり仲間外れにされたりしたが、慣れてくると気の合う友だちも出来た。特に代表委員だった佐藤とは長い付き合いになる。


 あの頃の千恵子をどう表現していいか判らない。
 無口で目立たない女の子だったと思う。
 何故好きになったかもわからない。
 知り合いがいなくて寂しかったから、隣の席の女の子が気になったのだろうか。
 ただ、それは間違いなく僕の初恋だった。


 
 僕は千恵子と話をした記憶がない。隣同士だから会話はあったと思うのだが、全く思い出せない。
 佐藤と組んで作ったグループの内野亜美は可愛い顔をしていたし、けっこう気が合った。佐藤は僕が亜美を好きだと勘違いして冷やかしたが、僕はずっと千恵子を気にしていた。


 5年になって千恵子とクラスが分かれ、次に同じクラスになったのは櫛原中学の3年だった。
 僕は距離を置いてずっと千恵子を見続けていたが、気になる事があった。
 2年の冬休み、佐藤の部屋で千恵子の年賀状を見せられたのだ。


 「覚えてるよ。小学校の時、同じクラスだったから」
 音楽を聞いているふりをして動揺を隠そうと必死だった。
 「ああ、同級生に全員出したのかなぁ」
 聞こえないふりをした。もしかしたら千恵子は佐藤が好きなのか・・
 その時の「オリビアを聞きながら」は胸に迫った。


 櫛原中から明善高校に合格するのは、毎年平均して30人。佐藤と千恵子はいつも10番以内だから間違いないが、僕はいつも50番くらいだった。
 千恵子と同じ高校に行きたくて猛勉強をした。試験の結果で2回ほど千恵子が声をかけてきたが、僕は無愛想に答えたと思う。
 千恵子が好きだから普通に話が出来ない。長い片想いで、僕は肝心な所が歪んでしまったらしい。
 明善高校には合格したが、正月に年賀状は来なかった。


 片想いは高校時代も続いたが、千恵子は遠い存在になっていった。
 もう成績では比較の対象にならない。僕は数学が駄目で落第しそうになるし、千恵子は女子でトップをずっと維持した。
 美術を専攻する千恵子と音楽の僕は同じクラスになれない。
 学年一の秀才で東大確実と言われていた安川との交際が耳に入り、二人が仲良く歩いているのを偶然見て、僕の初恋は終わった。


 安川は京大、千恵子は九大に進学し、僕は北九州大学に何とか滑り込んだ。
 その後の二人の話しは知らない。
 大学を卒業して大阪の須賀鉄鋼に入社し、幾つかの恋をした。
 正月休みで久留米に帰ったとき、佐藤から3歳下の妹、啓子ちゃんと結婚前提で付き合わないかと言われた時には悩んだ。 


 啓子ちゃんは小学校の時から知っているし、一人っ子の僕にとって妹のような存在だった。短大に入ってから見違えるほど綺麗になっている。
 佐藤の結婚式ではデュエットで歌い、周りから冷やかされた。
 おそらく、これ以上の話はないかもしれないが断った。
 本当は千恵子を忘れていない。いや、千恵子を好きだった自分を忘れられないんだ。

 
 今のままで誰と結婚しても、それは妥協でしかない。遊べても真剣にはなれない。僕は、結局千恵子を卒業していなかった。


(2)


 国道3号線のバイパス沿いの結婚式場「創生」。
 ここに来るのは佐藤の結婚式以来だった。
 明善高校卒業10周年同窓会。
 実家から案内が転送されて、すぐに参加の返事を出した。
 ゴールデンウィークの飛び石で有給もとった。
 目的はただ一つ、千恵子に会いたかった。もし結婚してたり、全く変わっていたら忘れられる。


 会場に入ると、クラス毎のテーブルに分かれていた。
 自分の7組のテーブルより、千恵子の3組が気になる。
 3組には佐藤が座っていて僕に気づき手を振ってきた。 
 「元気だったか?」
 「ああ、何とかな」
 そのまま佐藤の隣に座り込んだ。
 

 佐藤は2組だが、高校時代から付き合っていた奥さんは3組だ。周囲もそれほどクラス分けを気にしている感じではなかった。


 「啓子、結婚したよ」
 「そうか、啓子ちゃんならいい奥さんになるよ」
 「俺としては、相手が気に入らないんだ」
 「本人が好きなら、お前の好みは関係ないだろう」
 「それは、そうだがな・・」
 

 僕と佐藤の奥さんは前から無視しあっている。嫌いな女で、親友の嫁さんには気に入らないが、佐藤が好きなら僕の好みは関係ない。
 彼女はこちらの話題に入らず、横の女性と高校時代の思い出話を始めていた。
 「千恵子は?」
 その女性が奥さんに聞いた。
 「用事があるって。来ないわ」
 「安川さんとはどうなったの?」
 「大学時代に別れたみたい。遠距離恋愛って難しいのよ」
 

 時間になって司会が挨拶を始め、僕と佐藤はそれぞれ自分のクラスのテーブルに向かった。


 会が進んで思い出話に花が咲いた。思いがけないカップルに驚かされたが、僕はそういう事には疎い方だったから知らないだけだったのだろう。


 酒が入って会は盛り上がり、独身者を前に集めて近況報告させるなど言い始めたので僕は会場を脱け出した。和やかな雰囲気と自分の気持ちがずれ過ぎている。


 ロビーから外に出ようとした時、後ろから名前を呼ばれた。


(3)


 久留米警察署近くの喫茶店で、僕は千恵子と向かい合ってモカを飲んでいた。
 本当に千恵子だろうか?カップを持つ指先の爪は赤く染まっている。厚化粧に茶髪、ミニスカートで厚底の靴。ダイエットしてるのか、随分と身体が細かった。


 「よかった、村上君に会えて。入るかどうか迷ってたの」
 「まだ入れるよ。みんなも喜ぶし」
 「もういいの。会いたい人より会いたくない人の方が多いから」
 誰の事だろう。高校時代の千恵子は僕と違って、みんなに好かれていた。


 「村上君には会いたかったの。小学校から一緒だったんだもん。ロビーで見つけた時、嬉しかったわ」
 「あまり、話した記憶はないけどね」
 僕は、また冷たい感じで言ってしまった。いつもそうだ。千恵子が相手だと普通に話せない。


 「ねぇ、みんなどうだった?吉村さん、来てた?」
 「佐藤の奥さんね。来てたよ」
 さっき会場で知ったばかりの話を披露した。千恵子も面白がったが、言葉が切れた僅かな隙に素早く質問をしてきた。
 「安川さんは?」
 「来てなかった」
 千恵子は暗い表情になり、背もたれに身体を預けて黙り込む。


 会いたいのか、会いたくないのか、とにかく千恵子は安川を気にしている。
 今度こそ終わりだ。
 ここにいるのは僕が好きだった千恵子じゃない。
 もう、他の女性と付き合って千恵子と比較することもない。
 安川に縛られている千恵子に、僕が縛られていた。
 くだらなくて自分を笑う気もしない。
 何だか目が覚めたようで力が抜けた。
 

 僕は千恵子を食事に誘い、その後はスナックへ連れていった。
 東京の病院で働いている千恵子も僕と同じく、あと二日しか久留米にいられないらしい。
 おかしなもので、気持ちが離れると普通に話せる。もう、千恵子は懐かしい小学校からの知り合いに過ぎない。
 

 「子供の時に戻りたいな・・」
 二人の間ではないが、8年間の共通した思い出で話題には困らない。
 小学校の頃まで遡り、千恵子が呟いた。
 「そうかなぁ・・永池さんは中学と高校が輝いていたと思うけど」
 「私が?そんな事はないわ。小学校の高学年が一番楽しかった」
 

 僕は今まで気になっていた事を聞いた。もう関係ないのだが・・
 「永池さんね、佐藤に年賀状を出しただろう?」
 千恵子は意味がわからないのか、怪訝そうに僕の顔を見た。
 「佐藤の家で見たんだ。佐藤が好きだったんじゃない?」
 「私が年賀状?うーーん、本当に覚えていない・・」
 千恵子の表情に嘘はないようだった。

 「そう言えば、村上さんと吉村さん、仲直りした?」
 「仲直りって・・別に喧嘩したわけじゃないよ。気が合わないだけさ」
 「吉村さんね・・」
 千恵子は口ごもったが、僕が次の言葉を待っているのを見て話を続けた。


 「小学生の時に、村上さんに酷い事を言われたんですって。それで村上さんを嫌っているの」
 「僕が?佐藤の奥さんとは学校が違ったよ」
 「うん、吉村さんは日吉校だけど、通町公園で村上さん達とぶつかったんですって」
 確かに、あの公園で遊んだ記憶がある。佐藤も一緒だ。じゃ、そんな昔の事で佐藤が好きになって僕を嫌ってるのかな。
 それにしても、特に喧嘩とか言い争いがあった記憶はない。


 「僕は、どんなひどい事を言ったんだ?」
 「吉村さんも何て言われたのか忘れてるの。高校で一緒になって、前に酷い事を言った相手だって思い出したわけ。それであなたの親友の佐藤さんと結婚するんだから判らないものね」
 「それじゃ、あやまる気もないけど、あやまりようもないな」
 

 吉村京子とは高1で同じクラスだった。もともと気が合う相手ではなかったが、妙に皮肉っぽくからんできた。陰険な女だ。
 僕は佐藤が付き合うのに反対したし、その事を知って余計に恨んでいるのかと思っていたが、根はもっと古いらしい。まぁ、あんな女はどうでもいい。


 「村上さん、結婚はまだ?」
 余計な事を言ったと思ったのだろう、千恵子は急に話題を変えた。
 早い時間に来たので奥のテーブルでのんびり飲みながら話せたが、そろそろ客が増えてきている。


 「学生時代と一緒で、もてないんだ」
 「恋人もいないの?」
 酔いが回ってきたのか、顔を寄せてからかうように聞いてくる。
 「ああ、女性に縁がないんだ」
 そろそろ出たほうがいいかもしれない。こういう質問を千恵子からされるのは、まだ抵抗がある。


 「じゃ・・」
 千恵子は色っぽく僕の耳元にピンクの唇を寄せて囁いた。
 「今夜だけ、恋人になってあげましょうか?」


 僕はおそらく複雑な表情をしたと思う。
 安川に抱かれている千恵子を想像した事はある。苦しかった。
 しかし、自分が千恵子を抱くなんて・・考えた事もない。
 どうしてだろう。初恋からの憧れは、性欲で彼女を汚すことを許さなかった。
 今は・・その初恋も終わったんだ。千恵子は、もう僕の千恵子じゃない。それだったら抱いてもいい。千恵子を抱いて、初恋に終止符を打とう。
 僕は頷いた。


(4)


 小頭公園近くのラブホテル「IKUWA」
 浴室からバスタオルを巻いて出てきた千恵子はすぐに電気を消した。
 カーテンは閉まっていて暗い。千恵子がはっきり見えない。
 「スモールランプ、点けていい?」
 「駄目・・」
 先に身体を洗ってダブルベッドで横になっていたが、千恵子はバスタオルをはずして全裸で乗ってきた。


 「ひ・ろ・し」
 おどけるように一字づつ区切って僕の名を呼び、唇を重ねてきた。
 軽い、そして細い。抱きしめていいのだろうか?
 「ほら・・ひろしも〜」
 顔をあげ、足をからませながら甘い声で千恵子は僕にせがんだ。
 「ち・え・こ」
 初めて僕たちは名前で呼び合ったんだ。 
 一夜だけの恋人、それは肌を合わせるだけではなかった。
 千恵子は恋人としての夜を求めている。
 千恵子は嬉しそうに含み笑いをして僕の体の上を泳ぎはじめた。


 僕はとんでもない間違いに気づいた。
 千恵子は千恵子だ。初恋の相手とは変わりすぎても、この身体は千恵子だ。
 フォークダンスで握った手。千恵子に辿り着くまでの胸のときめき。その手をそっと掴んでいる。
 水泳大会や体育祭で、見ない振りして横目で見つめた千恵子の胸。僕は乳首を口に含み、飽くことなく柔らかい胸に触っている。
 

 僕は千恵子を性欲で見た事がないと思っていた。それは、あまりに離れすぎてその段階に到達出来なかっただけだ。
  一夜だけの恋人。朝まで千恵子は僕のもの。 


 僕は全身に千恵子を感じつづけていた。離したくない。ずっと触れ合っていたい。
 大学の時には気軽に抱かせてくれる女子学生がいたし、就職してからも何人かの女性と付き合った。裸で抱き合い、欲望を排出して終わる。結局、セックスとはそれだけのものと思っていた。


 千恵子と一つになる。それは体の一部だけじゃない。締め付けられて蕩け、口で、胸で、手でお互いを確かめ合った。
 恵子が僕を包み、僕は千恵子覆う。
 僕たちにはお互いの名前を呼び合うだけで、他の言葉はなかった。いや、言葉が二人の間に入るのを恐れた。心と体、余計な頭はいらない。
 何度も彼女の中で果てた。それは、お互いを確かめ合う流れの一つに過ぎない。 触れ合う場所を少しでも広くしたい。多くしたい。少しでも長く触れ合っていたい。密着できない部分を埋めようと貪欲に動きつづけた。


 カーテンの隙間から光がこぼれる。朝だ。
 僕と千恵子は一睡もしないで愛し合ったが、疲れはない。まだ夜が続いて欲しかった。
 「千恵子・・」
 もしかしたら、夜が明けたからと冷たく拒否されるかもしれないと思いながらも、僕は胸の上の千恵子を愛撫し、名前を呼んだ。
 「なに?ひろし」
 甘えた顔で千恵子も合わせてくれた。


 「千恵子を見たい。いいかい?」
 千恵子が身体の向きを変え、僕の顔を見た。そのまま乗り出して唇を求めてくる。受け止めながら、手を後ろにやって室内の灯りのスイッチを入れた。


 それからの2時間近くも僕達は愛し合った。夜と違い、目で確かめ合うというのが増えたわけだ。女を裸で採点する奴がいたら、千恵子を痩せすぎとはねるかもしれない。全体的に肉付きはよくないし、あばらが浮いて見える。
 手足の細さも気になるかもしれない。でも、これが今の千恵子だ。

 僕の千恵子。初恋の千恵子を諦め、僕はこの千恵子に恋をしてしまった。
 化粧を落とし、髪を下ろした千恵子は、昨夜スナックで飲んだ千恵子とも違う。
 数え切れない口付けの途中で電話がなった。
 チェックアウトの時間。


 ホテルの裏側から池町川沿いに出る。これだとホテルから出る所を見られない。
 千恵子は化粧をして、昨日の千恵子に戻っていた。

 「ちょっと、小頭町公園に行かないか?」
 まだ千恵子と別れたくない僕は誘った。千恵子は腕時計を見てちょっと躊躇い、頷いた。
 「少しだったらいいわよ、村上君」
 その目は、恋人芝居は終わりを告げていた。


(5)


 「結婚しないか?」
 千恵子は驚いて息を呑み、すぐに大声で笑い出した。
 地下駐車場の上にある芝生のベンチに腰かけてすぐの言葉は唐突過ぎたかもしれない。
 「故郷って、時間を戻してしまうのね。私だけじゃないんだ」
 「どういう意味?」
 「私には東京での生活、村上君には大阪での生活があるわ。それを脱け出して久留米で昔を懐かしんだだけ。楽しかったで別れましょう」
 「僕は本気だよ」
 これは千恵子への告白だ。
 小学4年から、いつかはしたいと思っていた告白。
 ただ、千恵子に相応しい男にならないと駄目だと思っていた。だから、ずっと好きだったのに告白が出来なかった。
 じゃ、どうして今、千恵子に告白が出来るのか。それは、憧れて手が届かなかった千恵子とはもう違っているから。


 「村上君、このまま別れたら、昨夜の事を忘れる?」
 千恵子は試すように僕の目を覗き込んで聞いてくる。
 「いや、忘れられる筈がないよ」
 「私も・・忘れないわ。一生の思い出になると思う。だから、もうこの思い出に何も付け加えたくないし、損ねたくない。重ねたくもないのよ」
 「一夜完結、終わりってこと?」
 「そう・・ごめんね、約束があるから」
 なだめるように言って、千恵子はそのまま立ち上がり、降り口に向かった。
 振り返りもせず、そのまま視界から消えていく。僕はただ見送っていた。
 

 2年後の正月、実家で千恵子から住所の書かれていない年賀状を受け取った。
 印刷された謹賀新年の横に「ありがとう、うれしかった」と書かれてある。


 おそらく千恵子は、なにかの拍子で僕に佐藤への年賀状で聞かれたことを思い出したのだろう。では、この言葉の意味は?断ったけど、求婚された事が嬉しかったと言うのか。


 その頃、会社の女子職員と付き合い始めていた。盆休みでまた久留米に帰った僕は、佐藤に報告するつもりで家を訪れた。


 「千恵子、死んだわよ」
 佐藤が出掛けていたので居間で待っていたが、コーヒーを持ってきた奥さんの京子がぼそっと言った。
 「何で!」
 驚きで僕は飛び上がった。
 「白血病。ずっと入院してたんだけど、みんなを心配させないように秘密だったの」
 京子は僕から目を逸らして座り込んだ。

 「同窓会の日、会ったんでしょう?あなたみたいな男は忘れろって、ずっと言ってたの。小学校の初恋にこだわり続けるなんて、千恵子馬鹿よ」
 千恵子が死んだ・・僕は気が抜けた状態で何も考えられず、京子の話を聞いていた。

 「高校の時、千恵子からあなたが好きだと打ち明けられたわ。私、啓子ちゃんと付き合ってるから無理だと言ってやったの。あなたと啓子ちゃんが結婚して親戚になるなんて考えたくもなかったけどね。それで、やっと諦めて安川さんと付き合い始めたわ」
 嘘だ、間違いだ。京子は嘘を言っている。千恵子が死ぬもんか。

 
 「あなた、千恵子に求婚したでしょう。泣いて喜んでいた。でも、病院に戻らないといけないし、本当の事を言うとあなたの負担になるから、思い出を抱きしめるって。何の思い出かは知らないけど、千恵子の友だちとして、あなたは一つだけいい事をしたと認めてあげる」 
 僕はそのまま、京子の方を見ないで外に出た。


 佐藤の家から近い津福公園、幸い誰もいなかった。
 ベンチに座り、走馬灯のように浮かんで流れる千恵子との思い出に浸った。
 小学、中学、高校、そして、あの日の千恵子。涙が止まらなかった。


 千恵子は、ずっと千恵子のままだったんだ。気づかずに別の千恵子と勘違いして求婚してしまった。
 「ありがとう、うれしかった」
 違うんだ、千恵子。小学校の時から好きだったんだ。千恵子は僕の初恋の女性で今でも好きなんだ。僕は、告白する内容も相手も間違えていた。 

 
 あの一夜、愛する者同士の刻み込まれた恋人の夜。忘れられる筈がない。
 千恵子が僕との思い出を抱いて死んだのなら、僕は背負ったまま生きていくよ。
 千恵子だけを愛してきたし、これからも思い続けよう。

 千恵子のしなやかな体。求め合った夜。それは夢じゃない、いつまでも色褪せない現実だ。僕の初恋は、これからも終わりなく続いていく。