第九章 僚

 ひめがいないチャット室は虚しかった。たまに凛と一緒になる事もあったが、彼女は僕との会話を避けている。メールと違って跳ね回るような彼女のチャットは苦手だったし、実生活から離れた気楽なチャットを求める彼女は僕と話したくないようだった。


 考えてみると僕が未明にひめと出会うまでは朝組と深夜組の交流はほとんどなかった。朝組だった僕が深夜組にも加わって徹夜派になり、朝組と深夜組を結びつける事になった。つまり、空白時間が埋められて深夜組が少し遅くまでチャットしても、朝組が早目に入っても知り合いに会えるようになったわけだ。

 朝組には夜の仕事をしている人が多い。もずはバーテンダーだし、うりは深夜営業の中華料理店をやっている。僕は子供と一緒に寝てしまう習慣が出来て早起きになったのだが、不眠症気味の学生や無職で時間の観念が変わってしまった人もいる。そして僚は定職についていないようだった。

 僕の印象では、僚は暗い面もあるが気楽に話しの出来る朝組メンバーであり、別におかしな所はなかった。ハンドルの由来はシテイハンターの主人公冴羽僚からだそうで、絵をメールで貰ったことがある。


(グラタン)僚が癌だって?
(もず)ええ、本人がそう言ったんです
(グラタン)昨日は新しいパソコンを買ったって自慢してたじゃないか
(もず)だから、僕も信じられなくて。
(グラタン)僚違いじゃない?
(もず)IDが同じなんですよ


 チャットでも相手の性格はおおよそ判る。僚は神経質な面もあるが、素直で礼儀をわきまえた男だった。ただ、最近よそよそしく無視するような時があり、話しも朝組でのチャットと矛盾したりして、とぼけているのか冗談なのかと首をかしげた事もある。

 深夜組は初心者でも気楽に話せる雰囲気があり、凛が姉と慕うRINの影響力もあって常連に女性が多い。僕なんか、チャットの内容からRINにはレズッ気があるのじゃないかと疑ったくらいだ。
 そんなRINだから、僚が強引にチャット部屋の女性をアベックモードに誘ったと聞いて怒った。僚は同情を求めるように自分の病気を訴え、気味が悪かったと女性がRINに話したらしい。
 僕はRINからメールで呼び出しを受けた。


(グラタン)僚は人が変わったような感じなんだ
(RIN)どういうこと?
(グラタン)判らない、そういう事をする奴じゃなかった


 僕とRINはオープンにいたが、メッセージでやりとりをしていた。そこへ僚が入ってきて参加している女性へ馴れなれしく話しかけたが、甘ったれた口調で見苦しく、事情を聞いている女性は相手にしなかった。
 僕は彼をアベックモードに誘った。


(僚)それは僕じゃない、IDとパスワードを盗んだ親戚なんだ
(グラタン)RIN達は怒ってるよ
(僚)僕から説明するよ


 さっきの態度から言ってる本人がその親戚である可能性が高い。でも僚のチャットの癖は残っていた。僕は彼の別人説を信じたふりをしてRINに告げ、チャット室を離れた。
 後から考えてみると卑怯だったかもしれない。僚の話は矛盾があり説得力に欠けていた。僕は僚を庇う自信がなくて逃げ出したのだ。RINは他の常連と僚をメンバーモードに連れ込んで弾劾し、深夜組での出入り禁止を言い渡した。

#RINNG


題名:グラタン、凛。

 やっほ〜、グラタン。
 本題ね、僚とね朝のチャットで話をしたんだ。で結論はね、私は僚を信じるよ。
 彼が障害者なら辻褄が合わないのは辻褄が合うんだよ、、私にはね。
 グラタンも僚と2人で話したんだって?グラタンはわかってくれたの?って質問したんだよ、そしたら僚はわかってくれたって言ってた。

 彼は今味方いないじゃん、もし誤解なら私達どうすんの!
 僚の言ってる事が本当ならどうすんの!

 夜はスピードが早くてついていけないのかもよ!頭も手も!
 朝は人があまりいなくてゆっくりできるからよく話せたら?どうなの!

 あせってさぁ、仲間になろうとして良いこと言いたくなって嘘ついたのかもしれない。

 チャットなんだからさぁ、なんでわざわざ集まって、みんなで・・そりゃぁ嫌な思いさせたんだったら、しょうがないかもしれない・・でも誤解だって僚が言うならもう一度チャンスあげればいいじゃん!なんか情けない・・

 チャットはお優しい方々がたくさんいらっしゃいますね。私はもう嫌だよ。
 僚にだまされててもいいよ、大体だまされてるかもっていう私の考えも嫌だね!
 チャットだよ、、チャット!たかがチャット!
 辻褄が合わないのがそんなにいけないの!
 私もいずれやられるね、これじゃあ、オフしない付き合いの悪い奴ってね。
 なんでこんなに頭くんだろ?

 グラタン、あなた僚と話したんでしょ・・・・もういいや、ああ情けない。

 わたしゃぁチャットをやめます。返事はいらないよ。

    

 メールを読んで頭にきた。何で凛に責められなければならないんだ?
 少なくとも凛より僕の方が僚について詳しい。RIN達の行動に荷担はしていない。それなのに情けないなんて、どうして言われなければならないんだ?

 僕は返事のメールを書いた。文句を言われる筋合いはない。ひめに対する想いは変わらないが、ここまで言われたからには凛と絶交する。ひめの事を知りたいのに、はぐらかしてばかりの凛に対する鬱憤もあって、僕のメールは、かなり過激だった。

RINNG


題名:勘違いしてるぞぉ!私のせいか・・

 おいおい、変なおっさん!勘違いだぞ!誰がグラタンを情けないと言ったぁ!!        

           情けないのは私の事だぁぁ!!

 ちと、感情に走ったメールだったからさぁ、悪かったよ!許してくれぇい!!

 ああ、よかったね、、ひめは良い娘だからね!!なんでひめがでてくんじゃい!

 あのメールはグラタンと話したからって言ってたからさぁ、冷静にグラタンの意見を聞こうとおもったんだけど、なぜか感情にはしってもた。スマン!

 この件とは別とはいいきれないけど、まあこの件が引き金を引いたかなぁ?
 私はチャットから消滅はします。でもこれは本当に私の問題だからね。
 変なおっさん、嫌な気持ちにさせてごめんなぁ、でもグラタンだから気持ちぶつけたんだよ、迷惑かけたね。

 ごめん。何度謝っても謝りきれないけど朝から不快にして反省してるよ。

 本当に私が情けないと思ったんだからね!!
 ごめんね、グラタンに甘えたね。

 私は僚を信じる。でも信じきれなくて、情けない。
 皆の前でかばいきれなくて、情けない。

 じゃあ、グラタンも元気でね!              
                        <<絶好されたバカな凛>>

PS
 ひめはこの件に関係ないからね、だからひめはそのうちチャットをまた始めると思うよ。
 でもしつこくしちゃあだめだからね!!

 短絡的な凛と早とちりの僕のすれ違いは相性が悪いせいなのかもしれない。しかし凛の危惧が正しかった。団結して異端分子を排斥したチャット部屋は、明らかに閉鎖的な雰囲気へと変わった。表面的には仲間でも、僕と凛は異端分子だった。