「不倫チャット」

 子供を幼稚園に送ってから家に戻り、ノートでニフティに接続する。

−メールが52通届いています−(未読メール52通)

 見るまでもなかったが一応確認してみた。思った通りすべてBXS03113からの「題名 淫乱な売女!死んじまえ!」がずらりと並ぶ・・
 新IDを知っているのはボギーだけ。そして、ボギーも昨夜のパゲで初めて知ったわけだし、アベックモードでは二人ともハンドルを変えていた。念の為にID検索でずっと確認していたが、該当者なしだった。

「M52 15 8:12」

 打ち合わせ通りにボギーへメールを送る。メール52通15日8時12分・・彼は会社で見るだろうから余計な事は書けない。もう彼にすべて頼るしかない。まだ会ったこともない、でも今では私にとって一番大事な彼に。

 私が通信の世界に入ったのは、単なる時間潰しだった。子供の幼稚園と社宅での役員が回ってきて、連絡用の文章作成にノートを買ったのだが、たまたま通信機能がついていた。特にする事もなく、ただ好奇心で入った通信だったがすぐ友達が出来た。


 独身だが年上の「バギオ」、同じ主婦で遊び大好きの「つる」、陽気でギャグが得意の「かめ」が中心のチャットルームでいろんな人とチャット出来た。
 楽しくて夢中になった。夫は仙台に単身赴任していて月に1回しか戻らず、時間には余裕がある。子供を寝かしつけて通信に入る毎日が続いた。夫は会社のコンピュータで通信から情報をとることも多いらしく詳しかったが、チャットには関心がないようだった。

 ナイスが現れるまでは、私は気楽なチャットで十分満足していた。ナイスはルームで初めて会った日からメール、パゲで私を求めた。それは・・思いがけない快感だった。

 生活に不満があった訳ではない。親元から学校、会社へ通い、地味な性格の私はそれほど遊びたいと思わず、主人と見合い結婚した。主人はおとなしくて銀行員らしく堅実な人であり、子供も出来て希望通りの落ち着いた生活だった。
 金融不安のあおりで夫は予想外の単身赴任となったが、2年間という約束であり私はむしろ、夫に悪いが子供と二人だけの自由な生活が楽しかった。社宅には年令の近い奥さんや子供と同じ幼稚園の友達もいて寂しさを感じる事もない。

 バギオとのチャットは、映画や音楽、本などの話題が多かった。ナイスは、それをすぐ、下ネタというのか、そういう方向に流れをもっていった。

− ナイスミドルからメッセージです−
(ナイスミドル)どこが感じる?胸?(・人・)

***Pageを送出***
(PAGE:梓)私、胸は小さいの(・・;)

−ナイスミドルからメッセージです−
じゃ、会ったら大きくしてあげるよ (・)(・)

***Pageを送出***
(PAGE:梓)どうやって?(^_^;)

− ナイスミドルからメッセージです−
経験で身につけたテクニックでさ(^_-)

 オープンとは別に、ナイスとパゲのやりとりが習慣化していた。きっと「つる」と「かめ」もそうなのだろう。バギオだけが気づかずに盛り上げようと話題を切らさないように話しかけている。

 ナイスはバギオを嫌っていた。それは私に関するだけでなく、性格的なものだろう。ナイスとバギオが喧嘩をして、バギオが落ちた後、ナイスは「つる」と「かめ」を誘い、メンバーモードに入った。

ナイスは、会社と役職を名乗った。「つる」と「かめ」には効果絶大だった。私も知ってるような名前が飛び出し「かめ」が漫画家、「つる」が元アイドルグループにいた歌手だったことが判った。平凡な主婦である私にとって、華やかな世界の話は新鮮だった。ナイスは巧みに私を話題に入れていく。そして、私達は固定したメンバーとなり、バギオは除外された。

 バギオと離れ、ボギーに会うまでの私は、やはりどこか狂っていたと思う。それとも、ボギーと会ってからの今が本当に狂ってしまているのだろうか?バギオは感じのいい主婦と私を眺め、ナイスは女として私を求めた。そして、ボギーは・・女性として愛してくれている・・

 メンバーモードが普通となり、常識的なバギオがいなくなってチャットは過激になっていった。「つる」と「かめ」が通信だけでなく、実際に会っている恋人同士と判っていたが、ナイスに誘導されてきわどい表現でのろけ始め、ナイスも露骨な話を好んでするようになった。私もその雰囲気に巻き込まれていた。

 ナイスが大阪に来た日、子供を社宅の友達に頼み、私達はホテルのロビーで待ち合わせた。食事をして街を歩き、ホテルに戻って、彼の部屋に行った。
 何故と聞かれれば、それが自然だったからとしか答えられない。ナイスは話がうまく私を大事に扱ってくれた。一緒にいると楽しく、彼が求めているものがはっきりしている以上、私はそれを拒絶出来なかったし、する気になれなかった。
 実際に会ったナイスが好きになった訳ではない。実生活とチャットの世界は別のものであり、オフであってもそれは通信の世界の延長と割り切れた。それからも私達はチャットで恋人ごっこを続け、「つる」と「かめ」があまり現れなくなってアベックモードが多くなった。

 ナイスがアメリカに出張し、オープンに戻った私はチャットで感じの良い男性とオフするのが楽しみになった。その内の二人とはホテルに行っている。不思議に罪悪感も不倫という感覚もなかった。夫が帰ってくれば、通信をやめて元の生活に戻ればいい。しかし、ボギーとの出会いがそんな遊び感覚を変えた。

 「確認、0:30」

 ボギーからのメール。それは、夜12時半に待ち合わせということだった。
 ボギーの視線を意識したのは、何回目に会った時だろう。誰かが私を見つめている、文字だけのチャットで私は奇妙な感覚に心が震えた。チャットルームには5人。よく会う女子大生と、テレビの話をしていた。男の子二人はゲームの話に熱中していた。適当に両方の話にコメントを入れる、ベテランのボギー・・・
 女子大生が落ち、私は視線の相手を確信した。ボギーがアベックに誘い、私は新しいチャットの世界を知った。

(ボギー )今日はどこに行きたい?
(梓)海を見たいわ・・あなたのポルシェで
(ボギー)あ、ごめん、パジェロに買い換えたんだ
(梓)じゃ、山道のドライブもいいわね
(ボギー)では、お嬢様、助手席にどうぞ
(梓)いや、今日は私の運転・・
(ボギー)それは・・
(梓)駄目?
(ボギー)梓と死ぬなら本望・・遺書を書く時間くれる?
(
梓)あなたの恋人を信じなさい!では、出発進行!

 
 危ぶむボギーを無視して、スピードを上げる。カーブでスピンしながらも頂上の展望台に到着。景色を楽しみながら、ボギーは私を抱きしめキスをする。
 落ちた後、デートの余韻がいつも私の中に残った。文字だけの筈なのに鮮明に情景が浮かぶ。アベックモードで二人は、いろんな場所に、いろんな設定でさまよった。

 「一緒に夢を見ようか?」最初にボギーがアベックに誘った時、これほど強烈とは思わなかった。深夜、ホテルのラウンジで飲んで、酔った私をボギーが部屋に誘い、初めて結ばれる・・あの時のチャットは、ナイスとの経験など問題にならない位、私を痺れさせた。ただ、ボギーはそういうチャットをした事を恥じてるのか、あれからはいつもキスで終わろうとする。

 ホテルへ行ったナイス達が非現実的で、会ってもいないボギーが現実的なのはどういう事だろう?子供といる時、主人が休みに戻ってきた時も私の中にはボギーへの思いがあった。そう、もう住み着いて離れない。私はいつもボギーの事を考えぼんやりしている。主人は子供と遊び、世間話をして赴任先に戻る。私の変化には気づいていないようだが、心苦しかった。

(梓)ボギー、あなたの事が知りたい。
(ボギー)今の僕が僕。梓は僕を知ってるよ。
(梓)私の事は知りたくないの?
(ボギー)知ってるさ。十分に

 ボギーが既婚者なのは判っていた。オープンでは知人も多く、チャットの中で手がかりはある。自分に子供がいる事もさりげなく話したが彼の態度は変わらなかった。

− JOB番号25のユーザー(BXS03113)からメッセージです−
 消えろ!ネットの恥さらし!!淫売女!!

(ボギー)どうした?
(梓)変なパゲが・・
(ボギー)相手は?
(梓)JOB25・・IDはBXS03113
(ボギー)・・落ちたな
(梓)間違いね・・きっと
(ボギー)いろんなのがいるからね


 しかし、それは始まりだった。毎日50通以上の嫌がらせメール、通信に入れば待ちかまえていたようにメッセージの嵐。その中には、オフで男を誘惑する尻軽女という侮蔑に満ちた内容が盛り込まれ、身に覚えがあるだけに梓は気になった。ボギーに相談するには、その事を話さなければならない・・

(梓)軽蔑する?
(ボギー)いや・・でもショックだね。
(梓)ボギーと知り合ってからはオフしてないわ。ボギーとなら・・
(ボギー)僕となら?
(
梓)いいの。私が馬鹿だったの。ボギーに嫌われても仕方ないわ
(ボギー)遊びだったっんだね、後悔してるんだろ?
(梓)ええ、自分を見失ってたのね・・ちやほやされて
(ボギー)じゃ、忘れよう。その相手か、知ってる人に心当たりは?
(梓)一人はアメリカに行ってるわ。学生の人は彼女がいてサッパリした性格だし、もう一人も厚かましいけど、そんな事する感じじゃない
(ボギー)知ってるのは?
(梓)私は勿論そんな事言わないわ・・3人の内、誰かが話したかも・・
(ボギー)むしろ、君に振られた人間の逆恨みかな



 最初に浮かんだのはバギオだったが、彼じゃないという確信があった。それに彼は彼女が出来たらしく、よくアベックをしていた。最近はまったく見ない。

(梓)心当たりないわ
(ボギー)今までのLOGを送ってくれる?
(梓)残っているけど・・
(ボギー)気づかずに相手を深く傷つけ、恨まれる事もあるんだ
(梓)全部?ボギーに読まれたくない事もあるの
(ボギー)梓は僕に隠し事をしたいの?
(梓)そんな・・いいわ。送る。でも・・読んで私を嫌いにならないで
(ボギー)きっと・・もっと好きになるさ

 バイナリで送ったが、ボギーはLOGの事ではその後、何も言わず、態度も変わらない。私は正体不明の脅迫より、ボギーに嫌われる事が怖かった。
 昼の時間でも脅迫パゲはあるだろうか?深夜までボギーとチャット出来ないし、まだ子供は帰ってこない。ボギーと知り合ってから、他の人とのチャットに興味もなくし、昼はまったくチャットをしなくなったが試す価値はあるかも知れない。私は通信に入った。

 参加者は5人。2番のルームに人が集まっている。空いているルームに入ってハンドルを確認し、「つる」を見つけた。早速アベックに誘ったら応答があった。

(梓)おひさしぶり(^。^)
(
つる)おひさ(爆)なんだ、知らないIDだからナンパと思ったわ(^^ゞ
(梓)ごめん、期待を裏切って(笑)
(つる)ID変えたの?
(梓)ええ、事情があって・・
(つる)そう、メンバーやっていた頃は楽しかったわね。もう遠い昔だわ
(梓)かめさんはどうしたの?
(つる)さあ?彼女でも出来たんじゃない?おばさんの相手は飽きたみたい

(梓)おばさんって、かめさんより若いじゃない?
(つる)まさか・・ずっと年上よ。高校の娘がいるの
(梓)え?
(つる)もう、私も退会するつもりだから、本当の事を言ってもいいわね。
(梓)じゃ、元アイドルのT・Yというのは・・
(つる)ジョークよ。勿論かめが漫画家というのも。ネットは仮面舞踏会って言ったじゃない
(梓)でも、ナイスは・・
(つる)彼はナンパ目的だから別よ。それに彼が自分の立場を見せたのは貴女を口説く為じゃない?私たちがそれに乗って仮面を脱ぐ必要はないでしょう。
(梓)つるさん、ちょっと話を聞いてくれる

 私はボギーの事に触れず、脅迫メールとメッセージの事を話した。

(つる)心当たりないわ・・
(梓)私を恨んでる、もしくは嫌ってる人・・
(つる)もしかしたら愚駄かも
(梓)バギオの友達の?
(つる)ええ、話したことあるけど、嫌みな奴
(梓)そうね・・思いつかなかった
(つる)私、知り合いに確認してあげる。退会するからメールは駄目ね、電話番号教えてくれる?
(梓)ええ・・0742ー29ー5889
(つる)判った。じゃ、そろそろ子供が帰ってくるから
(梓)よろしく、お願いします

 落ちてから私はログを抜き出し、愚駄の検索を始めた。

(ボギー)あの時の連中のIDを調べてみたが、消去法で3人残る
(梓)今までのログで判らない?
(ボギー)3人とも新しいIDだ。つまり、犯人もIDをかなり持ってる
(梓)目的は何かしら・・やっぱり恨み?
(ボギー)君をチャットから、ネットから縁を切らせること
(梓)何故?
(ボギー)それは、犯人に聞かないとわからない
(梓)犯人は、愚駄
(ボギー)愚駄?
(梓)そう・・私がチャットを始めた頃、仲のよかったバギオの友達よ
(ボギー)何故、愚駄が君を?
(梓)私が知りたいわ。でも、バギオから聞いて、私みたいな存在が許せなかったのかも・・
(ボギー)考えすぎじゃないか?
(梓)そして・・ボギー、あなたが愚駄
(ボギー)梓・・
(梓)偶然ね・・誰かいないかと昼に入って、すぐ落ちた時のログにあなたの名前で愚駄のIDがあったわ。検索で、何か手がかりがないか調べたの
(ボギー)僕とのチャット中にメッセージがあった筈だよ
(梓)パソコンが2台、IDが二つ・・回線はPHSかしら?
(ボギー)可能だね
(梓)認めるの?
(ボギー)認めてもいいよ
(梓)待って、ボギー。私はあなたを信じている・・本当の事が知りたい
(
ボギー)僕が二重人格者だとしたら?
(梓)私の知ってる・・愛してるボギーの言葉を信じる
(ボギー)梓・・
(梓)教えて・・あなたは愚駄なの?
(
ボギー)愚駄さんとは長い付き合いなんだ。オフ会の時に彼のパソコンでログインした
(梓)わかったわ・・すべて私の誤解ね
(ボギー)ずっと年上だけど、僕と同じ幼稚園の男の子がいて話が合うんだ
(梓)うちと一緒だわ
(ボギー)いや、年長組だから二つ違いだね
(梓)すると・・誰なの?一体
(ボギー)本当は、すべて終わってるんだ
(梓)誰?
(ボギー)犯人は「つる」だ。君に話さない条件ですべてを聞き出した
(梓)なぜ、つるが?
(ボギー)彼女は妊娠している・・父親はかめだが彼女は夫の子として育てるつもりだ。
(梓)だって、つるは、高校の子供がいるって
(ボギー)今日、話したらしいね。愚駄さんから聞いたんだが・・
(梓)ええ
(ボギー)つるはバギオに「実体が判らない人は信用出来ない」と言っている。自分を偽ってれば言えない言葉だ。前の話が本当で、今度の話は、君をごまかすためだったんだ。彼女は自分とかめとの事を知る人を何とかしないと安心出来なかったんだね
(梓)そう・・私には関係ないことだし・・心配することはなかったのに
(ボギー)とにかく、これで解決・・・梓、楽しかったよ。君とのチャット
(梓) ボギー?どういう意味?
(ボギー)君にも、僕にも家庭がある。現実に戻るだけさ
(梓) 私のこと、愛してないの?
(ボギー)愛してる・・でもチャットでね。現実じゃない
(梓)現実にするわ。
(ボギー)梓は「つる」に電話番号を教えたね
(梓)ええ、まさか「つる」とは思わなかったから
(ボギー)「つる」の目的はご主人に連絡して浮気をばらす事だった。チャット不倫と判ればもうネットが出来なくなる。
(梓)怖くないわ、離婚するから
(ボギー)何だって?
(梓) 離婚して貴方と再婚するわ
(ボギー)ご主人を愛してないの?
(梓)貴方のほうを愛してる
(ボギー)僕は離婚しない
(梓)するわ
(ボギー)僕達は夢の世界で遊んでたんだよ。夢は醒めるものさ
(梓)夢を現実にするの
(ボギー)混同しちゃいけない。僕たちはまだお互いを知らないんだ
(梓)知ってる
(ボギー)イメージだけさ
(梓)よく知ってる・・いえ、知らなかったのね・・あなた
(ボギー)梓?
(梓)不倫をして、あなたを愛してしまった妻を許せる?
(ボギー)勘違いしている・・何を言ってるんだ?
(梓)私を離婚して・・あなた。そして、本当に愛してるなら再婚して
(ボギー)どうして・・わかった?
(梓)高志が幼稚園で年少組なんて言った筈ないわ、ログを何度も見たもの
(ボギー)真智子
(梓)やっぱり・・・つるはあなたに電話したのね。それで、あなたにはすべてが判った
(ボギー)騙すつもりじゃなかった
(梓)最初から私と知っていたのね?
(ボギー)帰った時に、君のノートでIDを見たんだ
(梓)そう、ベテランのあなたならIDが判れば探すのは簡単ね
(ボギー)変な連中から君を守りたかった
(梓)私は不倫をしたし、ボギーに恋をしてるわ、離婚は当然でしょう?
(ボギー)待ってくれ・・現実では夫の僕と妻の真智子だ。梓とボギーはチャットの存在。でも、これからの僕と君は・・どっちだ?
(梓)私もそれが知りたいの

 私はネットから落ちて電話を待った。かけてくるのは夫?ボギー?どっちにしてもそれは私の唯一、愛してる人からの初めてのラブコール・・

END