| 「日本革命」 (1) 今、世界は激しく動き出した。 職業柄、それをノートパソコンに記録して分析しなければならない。 僕の職業は革命軍人。職業分類のその他にも掲載されず、社会保険もない。 革命実現までは社会の裏側でしか生きられぬ、試練に満ちた厳しい毎日だ。 「イチロー、起きてる?」 椅子に座ってニュースステーションを観ていると壁がノックされ、返事をする前に隠し扉が開いた。最大の試練がそこから現われる。 「頼むから・・せめてパジャマにしろよ・・」 スケスケのネグリジェで真由美は僕のベッドに寝転がる。下はショーツだけでブラはつけていなかった。今日は黒の日だ。昨夜は確か赤・・ 「いやよ、あんなのきらい!寝る時は裸なのに、イチローが怒るから仕方なくネグリジェを着てるのよ。経費で落としたいくらいだわ」 ここで反論すると、また脱ぐと言い出しかねない。無視してテレビに視線を戻した。 僕が住んでいるこの部屋は、相模原市橋本の国道16号線から横道に入った自動車教習所の近くにある5階立て新築マンションマンション「レボハイツ」の201号室。正式名称はレボリューション・ハイツだから革命の家になる。秘密組織がこんな名前をつけていいのか疑問だが、上が決めたことだ。 オーナーが組織だから家賃、光熱費ゼロ、家具は全部揃っていて衛星放送、パソコン付き。生活費や必要経費は自由にマンション口座から引き落とす事が出来る。 住人は橋本レボ細胞の組織員の12人だが、僕はナンバー3にランクされていた。会社で言うと支店長、副支店長の下で課長というところか。 「ねぇ、ワールドカップなんて革命には関係ないでしょう?こっちに来てよぉ〜」 真由美が僕の枕を抱いて色っぽく体をねじる。テレビを観ている僕に何故それが判るかというと、光の反射で画面に映っているんだ。真由美は僕のパートナーで5歳下の22歳。松嶋菜々子に似た美人である。 「とんでもない、優勝候補のフランスとアルゼンチンが予選リーグで敗退した。フランスは移民反対の極右勢力が政権を取り損なったのは、サッカーチームの主力選手が移民だったからだ。アルゼンチンは国が破綻しかけている。これで暴動、革命が起こるかもしれない。ワールドカップの結果で国民感情や外交は大きく変わるんだ」 部下の教育も管理職の務めだ。僕はドーバーの悲劇や、日韓試合の因縁、勝ち点の計算まで詳しく教えたが、真由美はつまらなさそうに胸を掻いていた。おーい、乳首が立ってるぞ・・ 「いいもん、どうせ中国も敗退組なんだから!」 怒ったように真由美が言い、僕は口を閉ざした。真由美が中国の潜入工作員であることは公然の秘密だった。 「ねぇ、退屈だわ。国会に爆弾を仕掛けるとか、都庁にヘリを突っ込ませるなんて指令はないの?」 胡座をかき、長い髪から鍼を取り出して耳の掃除を始めた。これは、色っぽいとかいう段階じゃなく背筋が凍る。僕の主担当が情報収集で真由美は問題処理だが、この鍼で何十人の男が心臓麻痺で処理されたことか・・ 退屈そうに、僕の横に寝転んで真由美が言った。 「国民の、国民による国民の為の革命を目指しているんだ。一般人を巻き込むテロは禁止している。僕達は赤軍派やオウムの轍は踏まない」 「あら、全部壊して新しい社会を作るんじゃなかったっけ・・」 「もう十分壊れてる。みんなが気づかないだけさ。いや、気づかないふりをしてるんだな。このまま追い詰められて現実を直視しなければならなくなった時、一般国民は立ち上がる。それまでの辛抱だ」 別に急ぐ必要はない。出来れば定年まで辛抱してもいいと思う。似たような仕事の自衛隊は定年が早くて退職金が多いそうだから、是非その制度を組織に取り入れてもらいたい。 「イチローって、もしかしてロリコンか男専門?」 結局、真由美は僕の話を全然聞いていなかった。疑わしげにこっちを見る。 「僕はノーマルだ!」 「じゃ、明日ディズニーに行きましょうよ。私が運転するから」 「いいけど・・」 どうしてノーマルだったらディズニーなのか判らないが、何とか今夜も逃げ切れそうだ。ノーマルの僕にとって真由美の誘惑に耐えるのは、時間外手当を請求するに相応しい重労働だった。 「じゃ、6時にね。寝てたら私のキスで起してあげる」 にっこり笑い、投げキスをして抜群のプロポーションを見せつけながら真由美が自分の部屋に戻る。 僕はすぐに目覚ましを5時30分に合わせた。 (2) そもそも何故僕が革命軍人になったかと言うと、深く悲しい事情がある。 地元大阪の二流大学を卒業して、何とか面接必勝法を暗記し東京の食品会社に就職した。 給与は安くても業績は安定しているから定年まで大丈夫と思っていたら、黄印食品の煽りを受けてあっさり倒産。退職金もなくハローワーク通いの身分となった。 リストラや倒産による失業はありふれて珍しくもないが、当人にとっては人生の一大事だ。 黄印の経営陣による滅茶苦茶な利益追求、ごまかしの波及効果が何で自分にまでと腹は立つが、愚痴を言っても仕方がない。 再就職先が見つからず、失業給付も切れてスゴスゴと親父の住む堺市三国ヶ丘に舞い戻った。 25年の経験で覚悟はしていたが、家に帰ると親父は冷たく突き放した。 「お前は計画性がない。要領が悪い。馬鹿だ!アホだ!間抜けだ!甲斐性なしだ!」 物心ついた頃からの反面教師、間違ってもこういう男にだけはなりたくないと思っていた相手からの罵詈雑言、さすがにこっちも頭に血が昇った。 「俺のせいじゃねぇ!とにかく金がないんだ、お袋の預けた金を渡せ!」 途端に親父は首をひねって恍けた表情をする。不吉な予感がよぎった。 母はあまりにいい加減な親父に愛想をつかし、弟と妹を連れて出て行った。 僕が大阪に残ったのは大学に合格して下宿生活だったからだ。その時、母は祖父母の遺産の一部を僕の結婚資金にと親父に預けていた。 「お前、今の金利を知っているか?」 居直ったのか、試すように聞いてくる。 「利息まで寄越せとは言わないよ」 「銀行の普通金利が0.002%だ。個人預かりだと5%程度下がって、保証料と保管料がかかる。10年前の金が残ってる筈がないだろう」 「てめぇ・・競馬で使い果たしたな!」 せめて半分と期待したのすら甘かったようだ。 「人聞きが悪い。危険分配でパチンコと宝くじ、totoに麻雀・・」 胸を張って威張る親父に溜息をつくしかなかった。 大阪市役所勤務30年、資料部係長補佐。仕事はしないが、有給は残さないという模範的公務員に金銭感覚はまったくない。市役所が裏金問題で批判を浴びた時、資料部だけはいくらマスコミが調べても対象外だった。 当然だ、口座に隠すまでもなく親父が使い込んでいたんだから。 「もういい。疲れるだけだ・・とにかく、仕事が見つかるまで厄介になる」 諦めてささやかな要求を出したが、親父は不快そうに首を横に振った。 「親が子供の面倒をみるのは就職までだ。後は子供が親の面倒をみる、それが日本の美しき伝統じゃないか。住む気なら食費と家賃を払え」 「それなら、再就職先でも紹介しろ!」 売り言葉に買い言葉で言ったのだが、気侭な一人暮らしを続けたい親父はちょっと考えてから電話を入れた。 「はい、私の息子を説得し・・・・」 「ああ、俺の代わりに息子を捧げ・・」 最初のは阿るようで、二本目は馴れ馴れしい口調だった。またもや不吉な予感・・ 電話を切り、親父はニヤリと笑って僕の方に向かう。 「喜べ、話は決まった。お前の新しい仕事は革命軍士だ」 これで僕の再就職先が決まった・・ (3) 女性の運転は二つに分かれる。上手いか下手かで中間がないんだ。 真由美のドライブテクニックは明らかに前者だが、安全運転にはほど遠い。 約束のディズニーランドに向かう中央高速の府中付近で、真由美は突然スピードを上げた。 「尾けられてる・・」 正面を向いたまま、独り言のように呟く。僕は驚いて振り返った。 車数はまだ少ないが、急に200キロ近く迄出せばジグザグ運転で追い越す事になる。 しかし、バックミラーには同じように走ってくる車が見えた。 「何者だろう?」 少しは真由美の運転に慣れていたので、震えながらも平静ぶって聞く事が出来た。 「身に覚えが有り過ぎて・・タイミングとしては男魂会か、呉味商事ね・・」 右翼の看板を上げて覚醒剤と売春で稼いでる男魂会の会長は、二号のマンションで心臓麻痺を起して死んだ。ただ、後で判ったんだが、二号の浮気相手がタンスに隠れていたらしい。 呉味商事はインターネットで詐欺手口を公開したんだが、真由美が悪戯でヒントを与えてしまった。どちらにしても、非合法に僕達を抹殺するつもりだろう。 相手の車がピッタリと後ろについた。 「撃ってくるわよ!」 防弾ガラスにはしていない。とにかく何かしないとと焦りまくり、ウインドウを開けて尻に敷いていた座布団を投げた。ちょうど相手の車が並ぼうと車線を変えた所だった。 助手席の男は乗り出して銃を構えている。男に当たり、跳ね返って車のフロントに張り付いた。 凄まじい爆発音を背に真由美は速度を落とす。振り向くとハンドルを切り損ねた車がガードレールにぶつかって炎上していた。 「さすが、ナンバー3ね」 真由美が嬉しそうに微笑む。 「確率の計算と勘だよ」 つまりはまぐれなんだが・・ パーキングエリアに車を止めさせ、携帯で組織に連絡した。 「詳細が判るまで身を隠せという指示だ。東北道で仙台方面にでも行こう」 ついでにもう一ヶ所にも連絡したが、これは秘密だ。 「ディズニーランドは?」 「中止!」 「楽しみにしてたのにぃぃ・・まぁ、イチローとの新婚旅行だからいいか」 拗ねた様子が急に甘えバージョンになる。 「誰が新婚だ!」 しかし、外では不審に思われないように振舞わなくてはいけない。若い男女がホテルで別々の部屋をとれば不自然だろう。 組織内恋愛は、全く禁止されていない。むしろ男女コンビがそういう仲になる事は、組織の結束の為に奨励すらされている。特に真由美は中国の工作員だから、ベッドでの情報収集は仕事の一部だ。 「あのね・・」 真由美が真面目な表情で僕を睨んだ。 「何だ?」 「もし・・今夜も私を避けるならナンバー1にパートナー変更を訴えるわ。イチローが好きだから我慢してたけど・・女の独り寝って続くとつらいのよ・・」 僕は頷いた。もし真由美が他の男に抱かれるかと思うと耐えられない。どっちみち時間の問題とは判っていた。本当は真由美に惚れていたから・・ 真由美の顔がぱっと明るくなり、僕に抱きついてきた。その柔らかい体に手を回して、どうせなら、もっと早く諦めればよかったなんて考えてしまう。真由美は7色のネグリジェを持ってきていない・・ (4) 途中で運転を替わったのは、真由美が疲れたからじゃない。高速で何度も嬉しそうにこちらを見られたんじゃ、さすがにわき見運転の事故が怖かったからだ。 しかし、僕が運転していると助手席から身体を押し付けてくる。集中できない点では僕も一緒だった。 「イチローのお父さんって、元の組織で幹部だったんでしょう?」 「ああ、僕が生れる前の話だけどね」 おかげで細胞組織と言ってもナンバー3だ。かなり経費も自由に出来る。 「いいなぁ、子供が親の跡を継ぐなんて。私たちの子供も革命軍士になるのかなぁ・・」 ハンドルを切り損ねた。お願いだ、決心が鈍るような怖い事を、これ以上言わないでくれ・・ そもそも新入りの僕が細胞のナンバー3にランクされているのも、元幹部の二世だからだ。 民主主義人民共和国である北朝鮮の世襲が公認されているように、芸能界、政治家、相撲界と二世は特別待遇を与えられるのが常識だ。 僕は異例の抜擢を受け、将来の幹部候補生として一目置かれている。 では、いい加減な親父が何で幹部になれたかと言うと、抜群の情報収集力で何度も組織を危機から救って評価されたらしい。おかげで赤軍壊滅後に無傷で解散が出来たそうだが、そもそも赤軍派の壊滅も親父の情報による。親父は公安警察のスパイだった。 公安からの情報を組織に伝え、組織の情報を公安に伝える。両方が親父を信頼し、解散後は約束通りに公安から市役所就職を斡旋された。確かに計画性と要領の良さに威張るだけの実績がある。 地下に潜っていた最高幹部が、日本の堕落した現状に耐え切れずに組織織を再結成した。 民主政治は腐敗を極め、欲に踊る政治家と官僚、ブルジョワが国民の生活を圧迫している。 この人為的大不況でも従順さを失わぬ国民を目覚めさせなければならない。今こそ日本に革命が必要なのだ・・そうだ。 そこで元幹部の親父にも召集が来て、その気のない親父は僕を身代わりにした。 僕は親父の後継者として組織の期待に応えた。何故なら、親父は公安とのラインも復活させたのだ。 組織に潜り込み、情報を公安に流していればもし組織が壊滅しても、大阪府庁の出張所に再々就職が出来る。 つまり、公安のスパイである僕と、中国工作員の真由美は本来なら相容れない関係なんだ。もっとも、敵の敵は味方という関係になる可能性もあるが・・ 「真由美の事を教えてくれないか?中国の秘密工作員という噂もあるけれど・・」 少なくとも、ベッドの中で4千年の歴史を誇る鍼の餌食にはなりたくない。慎重にコミュニュケーションをはかる必要があった。 「工作員というのは本当だけど秘密じゃないわ。組織と中国諜報部は敵対していないもん。むしろ革命の手伝いで派遣されたの。組織はヒモつきと思われたくないから秘密ってことにしているだけよ」 すると、裏切り者は僕だけか・・ 「そうかぁ、それでイチローは警戒してたのね。早く教えてやればよかった」 シートベルトを外して僕の首に手を回してくる。運転中なんだってば・・ (5) 夜になり、東北道から下りて菅生のホテルにチェックインした。新婚という設定なのでスィートルームをとる。費目は出張費で落ちるだろうか・・ 真由美がバスに入っている間に僕はまず組織に連絡を入れた。 高速の事故はスピード違反による衝突で乗車していた3人の身元は不明となっている。 「相手の組織はまだ確定出来ないが、レボハイツ周辺で不審な動きがある。今回のドライブについて誰かに話したか?」 ナンバー1はあまり情報を掴んでいないようだ。もっとも情報担当が僕だから仕方ないか。 「急に決めましたから。出る時に104号室の田辺さんと話しただけです」 「やはり田辺か・・見張られていたにしては襲われた場所が遠かった。田辺はおそらく公安のスパイだな」 ドキッとしたが、ここは平静を装うしかない。田辺さんはハローワークの求人で採用されたが、管理職経験者で僕の下というのが不満らしかった。 「どうするんですか?」 「本来なら真由美の仕事だが、そこからでは時間が掛かり過ぎる。こっちで始末するから次の連絡を待て」 電話を切って次は公安課長に入れる。車の男達は広域暴力団稲荷組の組員だった。 「稲荷組は男魂会の件で心臓麻痺の不審死を洗い直し、真由美を割り出したようだ。バックには右翼連合がいる。かなり切迫した状況だな」 まったくだ。バスタオルだけで出てきた真由美が僕のワイシャツのボタンを外し始めた。 「でも・・組織は・・右翼連合に・・手をつけていない筈・・」 シャツもとられ、上半身を裸にされた。真由美の手がバンドに伸びる・・ 「右翼連合は政財界と繋がっている。組織が反国民の烙印を押して処分した連中は奴らのいい金蔓だったのさ。どうした?具合が悪いのか?」 「はぁ・・ちょっと」 具合が良すぎる・・また連絡する事にして携帯を切った。 「あら、元気ね。嬉しい!」 最後の一枚をとられてベッドに倒された僕には、覆い被さってきた真由美を押しのける力がなかった。もちろん、あってもそんなもったいない事はしない。 僕と真由美がベッドで戯れている間でも事態は激しく動いていた。もっとも新婚らしく、食事はルームサービスで持ってこさせたから3日間、ずっとベッドから離れなかったんだけど・・ 組織も田辺を拷問して敵が右翼連合と知り、反撃に出た。連合本部と稲荷組は爆破されて壊滅状態になったが、組織も本部と多数の細胞が痛手を受けたらしい。らしいと言うのは、連鎖崩壊を恐れて連絡網を小刻みにしているので全体が掴めないためだ。 橋本レオ細胞も地下に潜ったので、レボハイツには戻れない。苦しい待機期間に出来る事と言えば・・若い愛し合う二人がベッドにいるんだから一つしかないでしょう。もっとも何かではなく何時までかと言うのは僕にとって重大な問題になりそうだが・・真由美にはそうでもないらしい。精力ドリ剤も経費で落ちるだろうか・・ やっと事態が落ち着いたのはホテルに泊まって1週間後だった。 新本部と細胞の再編成は出来たが、最高幹部メンバーが全員戦死したらしい。 「それで、新幹部会は君のお父上を新たな最高幹部に指名した。ちなみに私も幹部に昇格、君も本部メンバーとなった」 親父が最高幹部・・右翼連合よりも組織存亡の大危機だ。 「しかし、君のお父上はまだ就任を拒否されている。そこで君の使命だが、すぐに堺に走り、お父上を説得してもらいたい。なお、このテープは自動的に・・」 僕は携帯を切った。敵の内通者が指導者になってどうする。僕もそうだけど・・ (6) 東北道から堺まで距離はたっぷりあるが、真由美は疲れた様子ももなく運転し続けた。 「ねぇ、お父さん、国際結婚に反対する方?」 「いや、外国の女性は好きだよ。特にフィリピンがお好みのようだ」 それで何度、夫婦喧嘩をした事か。いくらなんでも国際親善は浮気の理由にならない。 「あーーん、中国女性は嫌いなの?」 「いや、チャイナドレスが大好きでね・・腰まで切れたやつ」 「横浜中華街で売ってる!寄ってもいいわよね」 反対はしなかった。似た者親子とは言われたくないが、僕も好きだから。 「えーーと、最初の挨拶は、不束者ですがよろしくお願いしますでいいの?」 「違うような気がする・・」 まさか、買ってすぐに着替えるとは思わなかった。さすが本家本元、似合うなんてものじゃない。 「じゃ、教えてよ。結婚相手のご家族に会うのって、とても緊張するのよ・・」 「そうだな、一般的に・・ちょっと待て・・いつ僕がプロポーズした!」 完全に真由美のペースにはまっていた。恐るべし、4千年の歴史。 「そうよ、私もうっかりしてたわ。時間がないの、早くプロポーズして」 「いや、しかし・・」 夜である。中国自動車道を車はまた200キロ近くで走っている。下手な事を言って、真由美がハンドルを切りそこなうと・・例の炎上が記憶に新しい。 「日本じゃ、女の方からするの?それでもいいけど」 どうやら選択の余地がないらしい・・ 「判ったよ・・真由美、僕と結婚してくれ」 「いいわよ、職場結婚って仕事が障害にならないから理想だったの。誓いのキスして」 それは、殺し専門の工作員と知ったら相手が逃げるだろうな・・僕は慌てて真由美にキスをした。こちらに唇を突き出させた状態を続けされるわけにはいかない。 「ふん、心がこもってないけど、まぁ許してあげる」 やっと真由美は前を向いた。訂正する、運転は上手いなんてものじゃなく天才的だ・・ 堺の家に戻ると、30位の女性が甲斐甲斐しく親父の面倒をみていた。組織の警護班だそうだが、藤原紀香タイプの美人で、親父の鼻の下が伸びている。どうやら組織もある程度は親父の情報を掴んでいたようだ。 「まったく、困ったもんだ」 真由美との結婚話はチャイナドレスの威力で一発快諾だったが、最高幹部になる話には眉を顰めた。 「確かに、残る最高幹部の経験者は俺だけだが、今更なぁ・・」 警護の紀香と真由美には席を外してもらっている。 「それより公安はどうする?俺達が俺達をスパイする事になるじゃないか」 当然ながら公安は情報を掴んでいるだろう。いや、役目としては僕が連絡すべきだ。 「実は、組織には裏のスポンサーがいてな・・」 「誰だ?」 「公安だよ。しかし表立って革命派と公安は連携出来ない。だから、俺が情報の橋渡しをしていた訳だ」 すると、僕は裏切り者じゃない?しかし、警官と泥棒がグルだったらどうなる。あ・・結構よくある話かも・・ (7) 「これは最高幹部の極秘事項だ。つまり、知ってるのは俺だけだ。公安も俺を最高幹部にしようとしている。他の奴だったら知らずに暴走しかねないからな」 「しかし、なんで公安が革命に協力するんだ?」 どう考えても不倶戴天の敵の筈だ。 「うむ、疑問はもっともだが、深い事情がある」 親父は昔を懐かしむような遠い目で話し始めた。 公安は一般犯罪ではなく、国家危機や巨悪を対象にした組織だ。学生運動は公安にとって取り締まりの対象だったが、全ての派閥を敵視していた訳ではない。 赤軍派や過激派に対しては徹底的に弾圧しようとしたが、世論は流動的だった。そこで、内部分裂を図ると言うより、公安と見解が合うセクトを探した。それが革命組織である。 「俺は公安に赤軍派や過激派の情報を伝え、組織には警察の取り締まり計画を教えた。だから、理想派や穏健派はほとんど手入れを受けていない。しかし、そうなると警察がぶつかるのは過激派ばかりだ。国民は、学生運動の派閥とは赤軍派みたいなものだと思って離れて行った。これが衰退の原因だ」 「じゃ、何故、今になって革命派を復活させたんだ?」 「公安は社会に害を及ぼす存在を憎んでいる。悪徳政治家、利権の構図、社会の破綻。つまり、革命派と同じなんだ。国の為、国民の為に社会を改造しなければならない。しかし、公的組織だから我々を使って革命を起させようとしているのさ」 納得していいのだろうか?とにかく、僕は両方に所属しているのだから、それで話が合うのなら好都合、もしばれても真由美の鍼を恐れなくてもいいんだ。これでいい事にしよう。 結局、親父は最高幹部を引き受けた。理由ははっきりしている、藤原紀香似の秘書兼警護よほど真由美のチャイナドレスが気に入ったらしく、彼女に仕事中にも着させている。ドレス代は交際費で落としたらしい。 2年後、革命組織は決起した。 「福祉厚生法案は賛成者多数で可決しましたぁ」 衆議院議長が小槌を持ち上げた瞬間が合図だ。国会議事堂周辺で爆竹が鳴り響き、僕達はライフルを肩に下げて会議場に入った。 有事法案の成立で根回しは済んでいる。消費税を10%とし、福祉厚生目的税にするというこの法案は眠れる豚すら起した筈だ。今までの福祉厚生に当てていた予算は利権絡みの案件に回される。それだけではない、この福祉厚生目的税は医療や老人施設の補助金に回されて業界を潤し、肝心の国民には全く還元されない。 隊員がラジオのボリュームをMAXに上げる。 「国会を・・戦車が囲んでいます!あれは・・大勢の人が押しかけて・・旗が見えます!日本構造改革、革命派と書かれています!」 議会にどよめきが広がった。少しは事態を理解したようだ。権力者に立ち向かう国民、重税にあえぐサラリーマン、家計に苦しむ主婦、理不尽にリストラされた失業者、年功序列で虫けら扱いの自衛隊員、警官、未来を見失った若者達、ほとんどの国民が、我々と共に立ち上がっている。 「何だ!お前ら!」 傲慢な自民党橋本派や公明党の連中が抵抗しようとしたが、ライフルを向けられ、蒼ざめて手を上げる。 「我々は日本革命派だ。放送局、官公庁も既に抑えた。今、ここでの事は全国に放送されている。では、声明文を読み上げる」 僕は同志と共に壇上に上がり、用意したメモを広げた。横では妻の真由美が僕を守る為にマシンガンを構えている。 「革命万歳!国民の皆様、我々は愛する日本と国民の為に決起いたしました。国民の塗炭の苦しみも知らずに悪法を押し付ける国家などいりません。平等な社会を築くのです。我々は何も破壊しません、間違った政治、構造を改めるだけです。それだけで、景気は回復し、明るい展望が開けます。我々は・・」 僕は言葉を切って大泉首相を見た。なんと彼もマイクを持ち、合わせて声明文を読み上げている。 「政財官の癒着、利権政党、腐敗した政治家を一掃して国民の国民による国民の為の政治を実現させます」 大泉首相は呆然としている僕の方を見て、にっこりと笑った。 「感動したなぁ〜、これで本当の改革、革命が出来るんだよ、同志!」 革命は成功した。戒厳令が布かれ、国会は解散。そして臨時政府の大統領に大泉首相が就任した。支持率は90%を超える。 「これで良かったのかなぁ・・」 大泉大統領への抵抗勢力は大統領権限で免職になり、大泉大統領の独裁政権になっている。彼を支えるのは前の公安警察だった国家革命警察だ。 「いいんじゃない?中国と友好通商同盟を結んで景気は良くなったし、国民も革命と大統領を支持しているわ。要求通り、消費税は廃止になったし国民生活は向上してる。失業率もゼロに近いわ。何の不満があるの?」 チャイナドレスの真由美が生れた子供のタローをあやしながら楽しそうに答える。ちなみに夜は7色のネグリジェを曜日で変える。休みがない・・ 「いや、別に・・ただ騙されたような気がするだけだよ・・」 革命のスポンサーだった公安は、口先だけと支持率が落ちて抵抗勢力からも疎んじられていた大泉首相に話を持ちかけ、渡りに舟と首相は俄か革命指導者になった。 大泉首相は、国民の為の改革が抵抗勢力にことごとく潰されて政治を根底から改造する為に革命派を陰から支援した事を訴え、革命に立ち上がった一般市民を礼賛した。ここで大泉政権と公安、革命派、大多数の国民が一体化したわけだ。 「まぁ、本来の目的は定年まで働ける再就職だったんだからこれでいいんだろう、うん」 おそらく真由美の情報で中国も動いた筈だ。しかし、もうそんな事はどうでもいい。 日本革命党の若手議員として生活は安定しているし、愛する妻と可愛い息子がいてこれ以上、何を望む事があろう。 「おーーい、お前は俺が出したカジノ設置法案と援助交際普及法案に反対したんだって?親不孝者!」 日本革命党党首から緊急電話が入り、怒鳴り声で耳が痛くなった。 そうか、たった一つだけ望みがある。こいつを日本から追放してくれ・・ |