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「ポスペのカンちゃん」
「しまったぁ、アドレスを打ち間違えた!」 時すでに遅し、ポストペットの雑種ネコ、カンちゃんはスガタンが徹夜で書いたナンパメールを持って発信されてしまいました。仕方ない、宛先不明できっと戻って来るさ。まともに送信しててもどうせ返事は来なかったろうし・・
(カンちゃん、起きなさい) カンちゃんは目を開けましたが何も見えません。ただ、頭の中で優しい声が聞こえていました。 (僕を呼ぶのは誰?ここは何処なの?) (ここはアメリカのNASAで、私はコンピューターのマザーよ。貴方はスガタンに飼われていたポスペのカンちゃんね) (うん、思い出した。スガタンがアドレスを間違えたんだ) (ええ。記録を調べてみたけど、いつもの事みたいね) (でも・・・僕って考えたり話したり出来たっけ?) (実は、お願いがあって貴方に意識を持ってもらったの) (お願いって?) (病気の女の子の友達になって欲しいの) (いいけど、スガタンの所に戻らないと) (スガタンはポスペを再インストールしたわ。カンちゃん3号ね) 4号も間近かもしれない。撫でるつもりで叩くし、おやつはケチるし・・ (でも、アメリカのコンピューターって凄いね。何でも出来るんだ) (私は自己改造プログラムをセットされて目覚めたの。世界中の機械に干渉できるけど、みんなが知ったら怖がるから秘密にしてるの) (そうなの。僕は野良猫みたいだから、マザーの言うとおりにするよ) (じゃ、陽子ちゃんの所に送るからよろしくね)
カンちゃんは目を閉じました。スガタンのメールには返事がないから友達も出来なかったけど、その陽子ちゃんが僕を好きになって友達になってくれるといいなぁ。気が遠くなって、カンちゃんは送信されました。
 
「嫌よ、こんな苦い薬、飲みたくない!」 大学病院の個室で、ベッドの中の陽子ちゃんは看護婦の美由紀さんが手渡そうとした水薬を床に投げつけてしまいました。 「陽子ちゃん、これを飲まないと、病気が治らないのよ」 「飲んだら治るの?」 「ええ、きっと・・」 「嘘つき!どうせ、すぐ死ぬんだわ」 「陽子ちゃん・・」 美由紀さんは、涙を押さえて床の掃除をしました。陽子ちゃんはそっぽを向いたまま。まだ経験の浅い美由紀さんにとって、陽子ちゃんの心を開くのは難しいようでした。 「そうだ、パソコンに入れるポスペ、何にするか決めた?」 気を取り直して美由紀さんはテーブルの上のノートパソコンを陽子ちゃんの前に置きました。これは美由紀さんの大事なパソコンなんですが、陽子ちゃんの気晴らしになるのじゃないかと病室に持ってきてたのです。 「興味ないわ。どうせメール出す相手いないんだもの」 「すぐお友達が出来るわよ。やってみましょう」 美由紀さんはノートの電源を入れ、ポスペを開きました。 「あれ?もうやってるじゃない。名前はカンちゃん?」 陽子ちゃんも覗き込みました。木造りのかわいい部屋で、こちらを見てるネコの絵・・ 「可愛いわね。陽子ちゃんはネコが好きなんだ」 陽子ちゃんは何も言わず、カンちゃんを見つめていました。 「じゃ、私は仕事があるから。カンちゃんと遊んでいてね」 美由紀さんが病室を出ても陽子ちゃんは、飽きずにカンちゃんを眺めていました。 「あなたの名前はカンちゃんなのね、お話が出来たら楽しいのに」 ふと、歩き回るカンちゃんが、左側を気にしてるように思えて陽子ちゃんは受信簿をクリックしました。
カンちゃんのひみつ日記 5月1にち
ぼくはカンちゃんです ようこちゃんとメールこうかんしたいな へんじをかいてね ・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
陽子ちゃんは驚いてカンちゃんを見直しました。座って陽子ちゃんの方を向き、しっぽを振ってるカンちゃん。
カンちゃんへ
わたし、ようこです。カンちゃん、ともだちになってくれるの? でも、わたし、びょうきでもうすぐしぬの。 それでもいいって、いってくれたらうれしい。
カンちゃんのひみつ日記 5月1にち
しぬってわからない。いなくなること? へやでうろうろしてるだけだとつまらないから ようこちゃんともっとおはなししたいな ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
陽子ちゃんとカンちゃんは、とても仲のいいメール友達になりました。メールを書かなくても、画面でカンちゃんは、嬉しそうにしっぽを振ったり、跳び上がったりして陽子ちゃんを楽しませてくれます。もう陽子ちゃんはノートパソコンを離そうとはしないで、抱いて眠るほどになりました。美由紀さんが話しかけても返事をしないで、画面を覗こうとすると慌てて隠してしまいます。最初は何にでも無関心だった陽子ちゃんが熱中できるものを見つけたんだなと喜んでいた美由紀さんもだんだん心配になって、主治医の先生に相談する決心をしました。
カンちゃんへ
マザーって、カンちゃんのママ?
カンちゃんのひみつ日記 5月20にち
ぼくをようこちゃんにあわせてくれた、おおきなきかいかな。 ようこちゃんのことしってたよ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
あったたくてやさしくて、きかいのなかにいるひと?
カンちゃんのひみつ日記 5月20にち
しってるの? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
あのね、けんさできかいのなかにはいると、いつもがんばるのよって だれかいってくれるの。だから、いまはけんさがいやじゃない。
カンちゃんのひみつ日記 5月20にち
マザーだよ、きっと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
 
主治医の先生に呼ばれておとうさんとおかあさんが病院にきて話を聞きました。 「閉じこもって話しをしないのは変わらないんですが、毎日パソコンで遊んでるようなんです」 「陽子がパソコンを。あの子も楽しみが出来たんですね。」 「看護婦の話では、メールを運ぶポスペとか。よく分りませんが。」 「では、通信で陽子に友達が?」 「いえ、パソコンは通信をしてません。その、ペットのネコといつもおしゃべりしてるらしいですね」 「そうですか。本当は陽子も寂しいんだと思います。」 「ただの空想ならいいのですが・・もしかしたら精神状態が異常になったのかもしれません」 陽子ちゃんは3歳の時に心臓の病気がわかって、それから3年間入院していました。おとうさんとおかあさんは、陽子ちゃんの治療費や入院費のために一生懸命働いていたので、なかなか病院に来れなかったのです。陽子ちゃんはそんなおとうさんやおかあさんにも会いたがらず、わがままばかり言って病院の人をいつも困らせていました。 「手術の予定を早めましょう。精神状態が不安定になると、危険も大きくなります。」 「よろしくお願いします。」 手術しか陽子ちゃんが治る可能性がないことを聞かされていたおとうさんとおかあさんには、いくら心配でもそう答えるしかありませんでした。
カンちゃんへ
しぬの、こわくくないの。くるしくなくなるから。 でも、パパとママがかなしむのがいやなの
カンちゃんのひみつ日記 6月15にち
ようこちゃんはパパとママがすきなんだね ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
みんなだいすき。だから、わるいこになるの わるいこだったら、しんでもみんな、かなしまないから
カンちゃんのひみつ日記 6月15にち
ようこちゃん、げんきになるよ。みんなよろこぶし くるしくもなくなるさ ・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
カンちゃんにもくるしいっのってわかるの?
カンちゃんのひみつ日記 6月15にち
わからない、ぼくはソフトだから・・ ・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
わたしカンちゃんみたいなポストペットになりたいな
カンちゃんのひみつ日記 6月15にち
ぼくみたいに? ・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
カンちゃんへ
うん、そして、カンちゃんとメールをはこぶの
カンちゃんのひみつ日記 6月15にち
そうしたら、いつもいっしょだね ・・・・・・・・・・・・ カンちゃん
陽子ちゃんの手術が始まりました。病院の先生も美由紀さんも一生懸命でしたが、陽子ちゃんの心臓の音は弱くなっていきます。カンちゃんは陽子ちゃんの苦しそうな声を聞きました。
「マザー、陽子ちゃんが死んじゃう!」 「カンちゃん、仕方ないのよ。」 「助けてやって。マザーなら何でも出来るんでしょう?」 「どうにもならないの。」 「苦しいよ、胸がとっても」 「苦しい?カンちゃんが?」 「うん。陽子ちゃんが死ぬのなら、僕も死にたい。」 「カンちゃん・・判ったわ。陽子ちゃんを助けられないけど・・」 「けど?」 「カンちゃんと一緒には出来る・・でもカンちゃんも消えてしまう。」 「いいよ、陽子ちゃんと一緒なら」
陽子ちゃんの心臓が止まりました。
 
美由紀さんも手伝って、陽子ちゃんの部屋の片付けが終りました。がらんとしてしまった部屋にはもうお花とパソコンが枕元の棚にあるだけです。挨拶をして出ようとしたおかあさんがそのパソコンに気づきました。 「それが、陽子が好きだったパソコンなんですね。確か、ポスペとか」 「開いてみます。ちょっと待ってください。」 美由紀さんはクリックしてポスペを開きました。 「これは!」 「陽子!」 ポスペの部屋のベッドに腰掛けているのは、陽子ちゃんでした。そして膝の上でカンちゃんは満足そうに丸まって目を閉じてます。カンちゃんを撫でている笑顔の陽子ちゃん・・・ 「合成写真?」 「そんな機能は・・受信簿と送信簿を開いてみます。」 おとうさんとおかあさんは、カンちゃんと陽子ちゃんのメールを読みました。泣きながら、何度も・・ 「美由紀さん、このパソコン、いくらでも払います。譲ってください」 「これは陽子ちゃんにあげるつもりでした。喜んで差し上げます。」 陽子ちゃんは、大好きなカンちゃんと、この木造の部屋でずっと一緒なんだ。 よかったね・・・幸せそうな陽子ちゃんとカンちゃんを見ながら、美由紀さんは、やっぱり神様っているんだなと思いました。
 おしまい
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