|
「自由結婚」 一週間以上もかかりっきりになっていた報告書がやっとまとまった。「これで終わりですね」 残業で手伝ってくれた洋子が嬉しそうに言った。 「うん、部長に明日の朝一番で提出するよ。遅くまでありがとう」 難しい仕事が完成したという満足感で疲れもどこかへいってしまった。 「どうだ、お祝いに飲みに行かないか?いい店を知ってるんだ」 「でも・・」 洋子は迷ったように言葉を濁らせた。 「橘君は独身だろう?僕も前の相手とは1年前に離婚した。問題はないよ」 「そうですね・・あまり遅くならないようでしたら・・」 下心がないと言えば嘘になる。性格は真面目だし、顔もスタイルも好みのタイプだ。唯一の問題が彼女の結婚歴。いくら自由結婚の時代と言っても、普通の若い女性で3回は多かった。 「じゃ、すぐに行こう。帰りはちゃんと送るから」 洋子は恥じらいの笑みを浮かべて、更衣室に向かった。 年配の連中は「結婚簡易法」を家族制度の崩壊と言って非難するが、僕はそうは思わない。 この法律で安易な援助交際とか、男女のもつれとなっていた不倫問題はほぼ一掃された。契約結婚は罪にならないが、二重結婚は罰せられる。浮気がしたかったら離婚して再婚しなければならない。 ツーショットバーはほぼ満席だった。このアベック達のどれくらいが結婚までいくのだろう?アンケートでは8割近いらしい。 「係長の前の奥さんって、どんな方だったんですか?」 「スキー場で知り合ってね、遊び好きだったよ。離婚は向こうからだ。年下は物足りないって言ってたから、僕よりセックスがうまいおじさんでも見つけたんじゃないかなぁ」 性格の不一致も、性の不一致も離婚理由としては一般的だ。もっとも簡易結婚では理由なんていらない。どちらか別れると決めたら離婚だ。 「私、しつこいのは嫌いです。優しく愛してくれる人がいいわ」 遠くを見るまなざしで呟くように言う。離婚した3人の誰かを思い出しているのだろうか。 「22歳で3回の結婚は多いね。飽きっぽいのかな?」 「違います!私、恋愛と結婚は同じだと思っているんです。最初の結婚は高校2年の時でしたが、バージンでした。相手はずっと憧れていた先輩だったんですけど、進学で遠距離結婚になって・・大学で好きな人が出来たから別れるって・・」 ワインが回ったのだろう、洋子は赤い顔で饒舌になっていた。 「2番目の結婚は卒業してすぐです。彼は3年の時の同級生だったんですが、ずっと好きだったと打ち明けられて申込みを受けました。最初は楽しかったんです。でも先輩と自分のどっちがいいかとか、本当は先輩を忘れてないだろうとか言い出すようになって・・耐え切れずに私から離婚しました。3番目は大学の教授で頭のいい、優しい人でした。私の事を愛してくれて、死ぬまで一緒にいて欲しいと言ってくれたんです。でも家族の方が大反対されて・・永久結婚ですと財産分与の問題が出ますから。私、身を引いて、大学を卒業するとすぐに就職でこちらに移ってきました」 「じゃ、今までに寝た男はその三人だけ?」 「そうです、おかしいですか?」 結婚歴での就職差別は法で禁止されている。それでも洋子のような有名大学出身が中小企業の事務にしか就職できなかったのはやはり3回という数の多さだったろう。 「おかしくないよ、婚約と言って遊びまわる連中が多いからね。婚約というのは結婚の約束だ。異性と寝る口実じゃない」 「私もそう思います。結婚って・・神聖なものです。私が言ったら馬鹿みたいですね・・」 「婚約しないか?僕と」 酔って出た言葉ではない。前から彼女に惹かれながら、結婚歴で距離を置いていた。彼女の結婚の経緯を知った今、ためらう理由はない。 「係長も私を尻軽女と思っているのね・・」 「違う、本当の婚約だよ。プロポーズだ。洋子が配属されて初めて見たときから好きだった。前の離婚も、洋子に会って妻から気持ちが離れたのが原因だったかもしれない。セックスの経験があまりなくて、前の結婚が最初だったけど妻は4回目だったんだ。洋子とだったらうまくいくと思う」 「本気ですか?」 「うん、結婚してくれ」 からかわれたと思ったらしく、顔をしかめて泣きそうだった洋子が表情を和らげた。 「私も・・係長は好きです。ただ・・」 「何?」 「もう離婚に怯える結婚生活はしたくありません。係長と4回目の結婚をして・・次に5回目なんて厭です。それくらいならもう、ずっと独身で通します」 「永久結婚がしたいというのか・・」 「結婚簡易法」での簡易結婚はそれほどの制限をつけていない。ネットで結婚、離婚の届が出来る。離婚で両者の合意は必要なく、片方の申し出だけで成立した。条件は二人の問題で法は規制しないし、結婚期間中に他の異性とセックスをする事だけが処罰の対象になる。 永久結婚とは、別に一生涯離婚が出来ないわけではない。簡易結婚成立前の結婚形式だ。わざわざ市役所に届けて、いろいろと法の規制を受ける。 「洋子がよければ、僕もそのほうがいい。簡易結婚には懲りたし・・」 「一生、私を愛してくれると誓ってくれます?」 「もちろん、そのつもりだけど・・」 あまり念を押されると逆らってみたくなる。しかし洋子は首を振ってきっぱりと言った。 「つもりではいやです。永久結婚では、倦怠期というのがあるそうです。長くなると男の人は奥さんを家の備品のように思って愛さなくなる。それで奥さんの不倫が社会問題になるほど多くなり、簡易結婚法が出来たと聞いています。結婚したら、私は係長だけを愛すると誓います。係長が、私を女として愛さなくなる時が来るのなら、永久結婚の意味がありません」 「わかった。誓うよ。だから、永久結婚をしてくれ」 洋子が正しい。中途半端な気持ちなら簡易結婚でもいいが、永久結婚は神聖なものと考えないといけない。縛りあうのじゃなく愛し合うのだ。永久に。 「はい、嬉しいです・・」 洋子は僕の肩に頭を置いた。顔を寄せてそっと髪を撫でる。いい匂いがした。 その夜、僕達は洋子の部屋で婚約の儀式を行った。 何が、しつこくなく優しくだ!あまりにも激しいから寝坊して遅刻したじゃないか!報告書の完成がなかったら大目玉をくらうところだった・・ 洋子との結婚生活は幸せだった。永久結婚だから安心して子供もつくれる。 「愛してる?」 「もちろんだ」 「私もよ」 僕達は、必ず起きた時に言い合う事にしている。これを一生言い続けることが洋子からの提案だった。でも僕は心の中でいつも言ってるよ、「愛してる、洋子」って。 |