「私はネッカマ」

1 須賀 丹平    BXX00313 98/03/01 23:10

題名:福岡より愛をこめて

くみちゃんへ

 いつでもいつでも君だけを夢に見ている僕なんだ
 愛しちゃったのよーー 君こそ命 我が命
 逢いたい気持ちが ままならぬ
 オフ、待ちきれない  2人だけで・・ウフフ

すかちゃんより

 疲れる、こんなナンパ男とオフなんて、たまらない。どうも薄汚い貧相な中年男のような気がする・・・・
 今日、来たメールは5通、1通を除いて4CHの「くみこグループ」のほぼ定例化したメールだった。私は一旦ネットを終了し、フロッピーから再ログインをした。こうすれば記録がパソコンに残らない。

5 板東 実    SBX134987 98/03/02 6:41

題名:みくの残り香に浸りつつ

僕だけのみくへ

 別れてすぐに、このメールを書いている。みくとのチャットにはログがいらない。僕は、すべてを反芻出来る。いや、ログには僕の気持ちが残ってないんだ。
会話の間に、お互いを見つめ合って理解しあった空白のチャットもあるから・・

 いや、それは僕だけの錯覚。僕はみくを理解していない。
4時には僕の気持ちを暖かく包み込んでくれるみくも、
12時には奔放な「くみこ」になって僕を完全に無視する。
どっちが本当の君なんだ?

 いいさ、はっきり書くから・・笑ってもいいよ。君が好きだ。

たとえ君が二重人格者であっても、僕をからかう悪戯者であっても・・
僕は僕が知ってるみくに惚れてるよ。

明日も、3時にアベックモードで君を待ってる。

                           BY みのる

 みのるのメールをフロッピーに保存し、ニフマネのログに戻る。彼に関する形跡はすべて消去しなければならない。「くみこ」に判らないように・・
 夫が同僚の人からノートパソコンを貰ってきた時は、ワープロ代わりかタイピングの練習しか使えないと思っていた。メモリーも容量もなく、モノクロだからソフトによっては識別が出来ない。夫が通信を始めたのは、何かに使わないともったいないからという、それだけの理由だろうと思う。ネット通信に加入して、しばらく勉強していたみたいだったが有効な活用が出来ず、夫はチャットに入り込んだ。
 

 あの頃の私は通信にもチャットにも全く興味がなかった。夫は初心者向きに設定されていたチャットルームで無視され、移動しても知識のなさを馬鹿にされ、意地になっていたようだ。そして女性ハンドルが特別扱いなのに気づいて私の名前でチャットに入るようになった。
 「なんで私の名前なの?」
 楽しそうにボードを叩く夫の姿が異様で、画面を覗きこんだ私は夫を責めた。
 「あなたの名前の薫でも十分女性と勘違いされるわよ」
 「薫って呼ばれたら本来の自分で答えちゃうよ。身近のお前がモデルだからなりきるのも楽なんだ。」
 23歳、独身、恋人なし、保険会社勤務・・つまり夫と知り合った5年前の私がモデルらしい。馬鹿らしくて、たかが文字遊びにそれ以上の抗議をする気にはなれなかった。
 私は後ろから眺めて夫を女性と思っている反応を無責任に面白がっていた。夫はメールを読むのは好きだが、書くのは苦手で私に頼むようになった。夫が会社に行ってる間に、ログとメールを見て返事を出す。夫はそれを読んで、チャットで話を合わせる。
 常駐したチャットルームで女王扱いされ、「くみこ」は私とかけ離れていった。奔放で身勝手な「くみこ」は夫のどこから生まれたのだろう?そして、私のメールも、その「くみこ」になるしかなかった。夫がネットオカマなら私は何なのだろう?女なのに、自分の名前なのに、私もネッカマ。
 私もチャットをしてみたいという要望を夫は承知した。条件はネッカマがばれないこと、別のチャットルームで遊ぶこと。夫は11時から2時近くまでネットに入っており、メンバーもほとんど同じ時間帯なので私は3時から入ることになった。IDとの矛盾が起きないように、私のハンドルも「くみこ」。
 私は深夜デビューをする前からバッドミドルが気にかかっていた。ログの中で彼は「くみこ」を無視して思いやりのあるチャットをしている。「くみこ」が登場する前からの常連で、初心者との出会いを大切にしていた。
 最初の頃に彼と話す「くみこ」は私に近かったが、「すか」たちと話すようになって変身していった。ちやほやされたがる女の子とそれをおだてる男連中を毛嫌いするバッドミドルは完全に浮いてしまい「すか」達と衝突して離れていった。
 バッドミドルとの出会いは偶然だったが、私はメッセージでアベックモードに誘い楽しい会話が出来た。そして私は・・恋に落ちた。

(くみこ)みのる?ハンドルを二つ持ってるの?
(みのる)うん、僕の本名は坂東実・・だからバッドミドル(爆)
(みく)じゃ、私は「みく」にするわ。学生時代の愛称だったの
(みのる)みくか、いいね。さっきの初心者とのチャット、読んでた
(みく)あ、そうだったの?彼が落ちて知り合い探したら貴方がいたの
(みのる)優しいチャットだったね。ID確認しなきゃ別人だと思うよ
(みく)女はいろんな顔を持ってるの(笑)
(みのる)僕のしらないくみこ・・いやみくが知りたくなった

 私も、みのるとのすべてのトークを思い出せる・・・

ー みのる(SBX134987)からメッセージです−
 昨日のアベックチャット、楽しかったよ

***メッセージを送出***
 そのIDはバッドミドル?アベックチャットなんて何を寝ぼけてるの(爆)

 翌日、みのるが夫の「くみこ」にメッセージを送り、ログで知った私はみのるにチャットルームでの付き合いもあるから3時以降に会いたいというメールを出した。みのるは提案を受け入れ、時間帯を変えてチャットに入るようになった。みのるには本当の事を話したい。何度打ち明けかけただろう、「くみこ」と私は別人だと。夫との約束はあるが、みのるならきっと秘密を守ってくれる。ただ、その時には、私が結婚している事も告げなければならない・・
 みのる達常連が離れチャットルームは二つのグループに分かれた。くみこグループと理沙グループで短大生の理沙はくみこを姉御と呼び、それなりにバランスはとれていた。ただ、理沙は東京で頻繁にオフに参加をしており、影響されてくみこグループでもオフの要望が強まった。
 夫は、電話では私を身代わりにして乗り切ってきたが、福岡から逢いにくるという「すか」の要求は断りきれなかった。
 「いやよ、すかとのオフなんて。あいつ、絶対ホテルに誘うわよ。」
 「だろうな、だから偶然を装って途中から俺も顔を出すよ。兄が一緒じゃ諦めるよ。」
 「ベッドでバスタオル悩殺チャットなんて、馬鹿な思わせぶりをするから・・あいつ、その気になったのよ」
 「面白かったがね・・とにかく頼む。あとは俺が適当にまとめるから」
 夫は私を利用して「すか」に逢いたがっている。たとえ偽りでも、深入りしてしまった夫は参加出来ないオフに羨望を持っているようだった。夫が通信をやめれば私もみのると話せなくなる・・承知するしかなかった。

(みのる)すかがね・・くみことオフするって自慢してたよ
(みく)そう
(みのる)あいつは判ってない。奴が会うのは、みくじゃないんだよね
(みく)どうしてそう思うの?
(みのる)事情は判らないけど、みくとくみこは別人なんだね。僕のみくがあいつなんかとオフする筈ないさ
(みく)私、明日すかと会うの
(みのる)みく・・・本当なの?
(みく)でも、信じて。私が好きなのは・・みのるだけ
(みのる)信じられない。でも・・でも・・
(みく)明日、新大阪駅1時、地下の喫茶店ブルボン
(みのる)そこですかと会うのか。楽しかったよ、みく・・くみこさん
(みく)すかとは、3時に別の喫茶店「カイザー」なの
(みのる)え?
(みく)来てくれる?
(みのる)行く・・・みくに会いたい
(みく)そこで、みのるの疑問に・・すべて答えるわ
(みのる)みく、本当に?信じていいの?
(みく)信じて・・みのる、本当にあなたが 

 私はリセットを押した。チャットに夢中で背後の夫に気づくのが遅かった。画面は再起動してWINが現れる。夫は私を押しのけてノートを奪った。フロッピーを出して、先ほど迄の私とみのるのチャットを無言で読む。言い訳する余地はなかった。読み終わると、夫は私の方を見ずノートを持って玄関に行き、ノートを思い切り下のタイルにたたきつけた。
 無惨な姿になったノート・・私は荒い息で立っている夫の横をすりぬけて歪んだノートを胸に抱きしめた。蹴られようと殴られようと、みのるとの思い出が詰まったノートをそのままには出来なかった。
 悪いのは私。チャットの世界と言っても、夫以外の人を好きになって、しかも夫を誤魔化してその相手に会おうとしている。夫の怒りは当然だった。みんな夢だったの、架空の文字だけの世界、ただゲームにのめりこんだだけ・・現実に戻って、すべてを忘れればいいのね。
 みのる・・ごめんなさい・・さようなら
 涙を拭ってノートを下に置き、私は夫を見上げた。夫は私でなく、ノートを見つめていた。
 「くみこ・・・」
 夫の目に戸惑いがあった。すでに怒りは去り、夫は思い悩んでいる。私の視線を避け、かがみ込んで私が置いたノートに触れた。
 夫婦でも心の触れ合いを感じる時は少ない。でも、その時は夫の気持ちが痛いように判った。夫にとって「くみこグループ」はかけがえのない大切なものになっていた・・「くみこ」が君臨する王国、それはもうゲームとして割り切れなくなっている。
 「くみこ、俺は・・」
 戻るの?それなら・・みのるへの出口のない想いが続く・・
 戻らないなら・・平和な家庭で、すべてを思い出にして風化させるわ
 「くみこ・・」
 選んで、あなた・・どっちを・・