「金猫眼」


(起)

 九州筑後平野を一望に見渡せる標高333メートル高良山の中腹にある186坪の広大な屋敷が零落した元久留米藩主の有馬家だと知る人は少ない。
 徳川時代は九州の出臍と恐れられ、戦前は競馬に狂って財産を失いながらも有馬記念として名前が残る。戦後、21代当主有馬頼義が推理小説で立て直し、22代は久留米城の有馬記念館初代館長を拝命。現在の23代有馬小太郎は久留米市役所の資料室に在籍したが、眠りの小太郎の異名を残して定年退職した。

 有馬屋敷で隠遁生活を送る小太郎は、庭から聞こえる虫の音に本から顔を上げた。5月に蝉は早い。時刻は夜の10時過ぎだった。
 「佐助か」
 心残りに漫画本を置き、座敷から縁側に移る。雑草生い茂る庭の木陰に黒装束姿があった。
 「遅くなりました。屋敷内に異状ございません」
 「また沙由美の入浴を覗いていたのだろう。ところで明日、鍋島が縁談で来る」

 黒装束はむせて小太郎に詰め寄る。
 「なりませぬ!肥前鍋島家は300年来の宿敵。沙由美お嬢様の嫁入りなど承服しかねます!」
 唾で覆面の口辺りがべっとりと濡れた。
 「江戸城で鍋島は有馬家の化け猫騒動を自分の藩の出来事として話し、元祖久留米藩は大恥を掻きました。それ以来、県庁所在地にもなれず久留米と言えばフミヤとか聖子とか石橋凌しか有名人が出ておりません。佐賀は嫌がらせで川向こうの鳥栖にJ2スタジアムを持ち、土地が安いのを利用して郊外型スーパーで久留米市民をたぶらかし」
 「加由美の縁談だ」
 黒装束はひれ伏した。
 「またとない良縁かと・・」


 56歳になる小太郎には27歳の沙由美、17歳の加由美という娘がおり、妻には10年前に逃げられている。猿鳥佐助は25歳で先祖代々の有馬家お庭番だが、もの静かで美人の沙由美お嬢様は憧れのお月様であり、次女の加由美は苦手な存在だった。何処でもいい、加由美が久留米から遠く離れてくれれば・・
 「それでな、加由美を貰うのに嫁入り道具として金猫を持参しろと言っておる」
 「金猫・・それが条件ですか・・」
 思いがけない話に佐助は絶句する。  

 徳川家録によると、江戸城大名怪奇噺大会で鍋島は化け猫騒動を披露して優勝し、将軍より賞品の金猫を賜った。話を盗られ仕方なく、馬に蹴られて死んだ鹿が夜毎馬の爪を舐めにくる話をして有馬の殿様は馬鹿だ、鹿爪だと笑い者になる。仕返しにお庭番の真田忍者猿鳥を使って佐賀城から金猫を盗んだ。
 拝領の品を盗まれたとあっては藩お取り潰し。鍋島は泣き寝入りし、有馬家としても盗品を持っていては都合が悪い。この件は闇に葬られ、金猫は有馬家お庭番が代々保管していた。
 

 「判りました。しかし何故、鍋島は金猫を?」
 「今、佐賀県は危機的状況なのだ。見栄で造った空港は閑古鳥、不況で佐賀競馬は大赤字、佐賀牛を輸出したらイスラム圏で政府から大目玉。J2サガン鳥栖は昇格を逃すし、はにわやがばいばあちゃんもブームが過ぎれば佐賀が田舎と宣伝したようなもの。最後の頼みは吉野ヶ里遺跡だったが、奈良の遺跡発掘で邪馬台国も怪しくなってきた」
 「それで、金猫を使って化け猫ブームを」
 「うむ、知らぬという事は化け猫より恐ろしいものだ」

 二人は顔を見合わせ、にんまりと笑った。


(承


 翌日、旧華族の見合いは秘密裡に有馬家の応接間で行われた。高良神社参道からは軽自動車しか通れない為、公営駐車場にロールスロイスを停めて歩いてきた鍋島伝、秀樹母子は和服姿の小太郎と沙由美に迎えられ座に着いたが、秀樹の見合い相手である加由美の姿がない。
 「いや、支度に手間取っとるようじゃ・・」

 卓を囲み、小太郎が苦虫を食い潰した顔で頭を下げた時、廊下をけたたましい奇声と共に足音が通り過ぎる。

 「逃げるな!おかゆ〜」
 「窮屈なの、やだ〜」
打ちし、小太郎は襖を開けて廊下に出る。

 「すみません、もう少し掛かるようです。私は加由美の姉で沙由美と申します」
 残された沙由美はにっこりと鍋島母子に笑顔を見せた。
 「鍋島秀樹です。あの、沙由美さんのご趣味は?」
 秀樹は27歳と17歳の選択で常識的に17歳を選んだが、清楚な沙由美に一目惚れした。

 「私ですか?申し訳ありません、読書が好きな程度です」
 「習い事はしてらっしゃらないのですか?」
 「虚弱体質なもので、お花、お琴、お習字、日本舞踊、茶道くらいしか免状を頂いておりません」 「十分だと思いますが・・」
 「いえ、妹の加由美なんて、薙刀、空手、忍道、喧嘩道の最高段位を持っております」
 「虚弱体質というのは・・何か持病でも」
 「それが、食事は茶碗二杯が限度ですし、麓から家までの階段で何度も息切れしてしまいます」 「普通だと思いますが・・」
 「いえ、妹の加由美なんて、お櫃で三杯食べますし、階段は五段跳びで帰ってまいります」

 疲れた様子で小太郎が席に戻り、話を引き取った。
 「沙由美は母親似だ。妻は突然家出し、消息不明になってるが。加由美はすぐ来る」
 「加由美さんはお父様似ですか?」
 「あれは隔世遺伝じゃ。石器時代に遡る・・」

 襖が開き、引っかき傷だらけの佐助が抱えていたズタ袋を畳の上に叩きつけた。
 「ぐらぁ、覚えでろ〜!」
 「うるせぇ、手こずらせやがって」

 佐助は荒い息を吐きながら袋からくぐもった声に罵り、鍋島親子に頭を下げた。
 「お初に・・お目に・・かかります。有馬家の・・お庭番で・・執事・・猿鳥佐助です・・」
 「まぁ、あなたが」
 鍋島伝は、嬉しそうに佐助に微笑んだ。

(転

時は大阪夏の陣。圧倒的徳川勢に敗れて真田幸村は自刃し、配下の忍び猿飛佐助と霧隠才蔵は九州に逃れた。落人狩を警戒した猿飛は猿鳥、霧隠は雲隠と名を変える。小藩での忍者採用枠は一名だった為、久留米藩と肥前藩に分かれて仕官。秘密裡に交友を続けたが、金猫事件により仇敵となった。

 「雲隠才蔵も鍋島家代々の執事として働き、私と結婚して鍋島家の養子となりました。仲睦ましく宏美、五郎、秀樹と生まれましたが・・ある日、風が呼んでいるとか言って行方不明となり・・そのまま」
 「そう言えば、わしの妻も雲と一緒に流れるとか言って出て行ったな」
 「奥様の名前は?」
 「風美・・」
 「家出されたのは・・」
 「1999年9月9日」

 意外な事実に呆然と天井を見上げる小太郎と畳に目を落とす伝。
 重苦しい沈黙を佐助が破った。

 「あのぉ、お屋形様は領家とお庭番では身分が違い過ぎて婚姻など有り得ないと仰いましたが」
 「まぁ、平成の世に何て時代錯誤な。天は人の上に人を作らずですのよ」
 伝の暖かい言葉に、佐助は秘めた想いを顕わにして沙由美へ熱い視線を投げた。

 「佐助君は誰かに似てると思ったら」
 秀樹が挑戦するように佐助へ声をかける。
 「誰です?」
 「忍者ハットリくんの香取慎吾。私は県庁の星、織田裕二かな」
 佐助と秀樹の視線がぶつかり、火花が散った。

 「それで、秀樹君のご兄弟は今?」
 気を取り直した小太郎が伝に話しかけた。
 「宏美は岩崎財閥に嫁ぎ、五郎は加賀の前田家へ養子に出しました。秀樹が鍋島家の当主となります」
 ズタ袋が激しく動くが、有馬側の三人は気づかない振りをしていた。

 「それで佐助、肝心の金猫は?」
 「それが、抱いて離さないものですから・・そのまま袋へ」
 見合いだから、肝心なのは娘の加由美だろうという突っ込みは誰からもなかった。
 「まぁ、よい。今回の話で加由美と金猫はセットだ。袋のまま佐賀へお持ち帰り下され」
 「聞くまでもないと思いますが一応。袋の中に加由美さんが?」
 「はぁ、世間では箱入り娘とか言いますが、当家では福袋入りでござる。開ける楽しみは格別・・」

 袋が飛び跳ね、佐助の顎を襲った。そのまま伸しかかり、頭突きに肘打ち。鳩尾を押さえて佐助は転げまわる。

 「手加減してるよ。感謝しな」
 袋の口が引き裂かれ、口に手拭い、手に手錠、足に縄の少女が現われた。しかし袋から出た時には手拭いも手錠も縄も畳に落ちている。手品を見せられたように鍋島母子は唖然としていた。
  髪はぼさぼさ、着物はボロボロ、ただ胸は大きい。

「化粧してないギャル曽根!」
「何だと?どういう意味じゃい」
 裾の乱れも気にせず、胡坐をかいて加由美は秀樹を睨んだ。
 「いえ、未知との遭遇程度の意味で・・」
 「てめえが便所の虫か」
 
「いえ、県庁の星・・」
 「そもそも汚れを知らぬピチピチギャルと金猫の両方を手に入れようという欲張った根性が気に入らない。どっちかを選べ!」
 「ためらいなく、金猫を選びます」
 「ほんじゃ、渡してやる」

 加由美は、着物の胸から金猫を出し、卓上に置いた。胸はぺちゃんことなる。

 「これが・・」
 秀樹が意外そうに手に取った。
 「うむ、有馬家の悲宝、ゴールデンキャッツじゃ」
 それは小振りの木彫り招き猫だった。
 「まず、何故首の下に厄の字が」
 「左甚五郎は字が読めずに間違えたらしい」
 「何故、耳がとれてるのですか。これでは猫というより狸」
 「加由美がオモチャにして耳をとってしまった。加由美はどらエモンと呼んでおる」
 「そもそも、木彫りなのに何故金猫と」
 「目が金なのじゃ」
 「しかし・・眠り猫で目がありません」
 「そこがゴールデン・キャッツアイの悲しき伝説なのじゃ。佐助、説明せよ」
 小太郎の指名に、佐助は鳩尾を押さえながら起き上がった。

 「金猫の目が開いて金色に輝いた時、大災害が起こると占い師に言われ、藩主は水天宮に奉納しました。しかし迷信と馬鹿にしたガキどもが、こっそり金猫の目に金粉を塗り、金猫の目が開いたと騒いだわけです。領民は慌てて高良山へ避難して城下町に残るのは、大笑いしている悪ガキだけ。その時、筑後川の堤防が破れて城下は水の底となりました」
 「何処かで聞いたような・・」
 秀樹が首を捻った。
 「化け猫騒動同様、うちが本家じゃ」
 「しかし、金猫を飾り公共事業で卑寝呼の里のテーマパークを企画しましたが、災厄を招く猫じゃ議会の承認を得られません」
 「お主、観光課長だったか?」
 「いえ、庶務係長補佐ですが、将来は佐賀知事になる予定です」
 「なるほど、わしも久留米市役所では資料室の副室長代理だった」
 「眠りの小太郎と言えば、役所仕事の見本として今でも全国に轟いております」
 「いやぁ、それほどでも」
 小太郎は胸を張った。

 「金猫は諦めます。その代わり、沙由美さんをください」
 「沙由美はわしの面倒を看なければならぬから嫁には出さぬ」
 「面倒は母に看させます。どうぞ再婚の相手に」
 「秀樹さん、何て事を!」
 事態に呆れて帰り支度をしていた伝は、思いがけない息子の言葉に大声を出した。
 「政略結婚は元華族の常でしょう。鍋島家の当主は私です。父と沙由美さんのお母さんが駆け落ちして10年。すでに失踪で再婚に支障はありません」
 「でも、人として出来る事と出来ない事があります。加由美さんの母親なんてとても無理です」
 「ふむ、それなら加由美を佐助の嫁にやろう。身分違いなど平成の世には確かに時代錯誤じゃ」 「わかった、有馬家と鍋島家の為に、猿鳥の嫁になるわ」
 「では、話がまとまったところでお手を拝借」
 秀樹の音頭でヨオー、パン。呆然としている佐助を残して話はまとまった。

 「待って下さい、まだ沙由美お嬢様の意見が」
 「お父上の決定に従います」
 視線が佐助に集中する。

 「私は加由美との結婚なんて絶対に嫌です、お断りします・・」
 「お庭番風情が元華族の決定に口を挟むとはおこがましい。却下じゃ」
 全員が頷いた。

 「それで金猫はどうする?」
 「私がもらう〜」

加由美がどらエモンを抱きしめた。

(結

 鍋島秀樹と有馬沙由美の挙式は佐賀県庁近くの佐嘉神社で厳かに、有馬小太郎と鍋島伝の結婚式は西鉄久留米駅前ハイネスホテルで豪華に行われた。

鍋島夫妻は佐賀市内の鍋島屋敷で、親の有馬夫妻は久留米市合川町ゆめタウン近くの別邸で新婚生活を甘くスタートさせた。メデタシ、メデタシ・・

さて余談となるが、高良山の有馬屋敷には次女加由美と配偶者の猿鳥佐助が暮す事となる。但し佐助に婚姻届へ署名押印させる為に、地下の座敷牢での1ヶ月が経過していた。

「不束者ですが、末永く・・」
 牢の鍵を開け、化粧後のギャル曽根もどきが白無垢姿で牢に入り、手をつく。
 「嫌だ〜」
 後ろ手に鎖で縛られた佐助は、何とか壁を破ろうと必死で体当たりする。
 「往生際が悪いねぇ、まだお仕置きが必要かなぁ〜」
 顔を上げて舌なめずりする加由美の双眸が、妖しく金色に染まった。

                                      終巻