「四人オフ」

プロローグ

 関西国際空港の到着ロビーで息苦しさを感じながらボードを見つめていた。千歳空港からの便10分遅れ、10:20到着予定・・
 「しかし、日帰りはきついな。大阪市内は混むし、和歌山に行くか」
 ロビーの横の座席からミドルが話し掛けてくる。 
 「道頓堀のたこ焼きはどうなるのよ、勝手に予定変更しないで」
 そのまた横のルナがミドルを睨んだ。
 「和歌山マリーナシティがいいな。そばに海の市場があるし。どうだ?ボギー」
 「どこでもいいです。お任せします」
 「私の意見も聞きなさいよ!」
 
 福岡から予定通り9時半に到着してロビーに入った時、僕がホークスの帽子をかぶりミドルはCDを手に持つという約束だったが、小柄でやや太り気味のミドルと長身のルナはイメージ通りですぐに判った。

(ルナ)何さ、チビのくせに
(ミドル)あ、じゃルナもチビだな。同じ身長なんだから
(ルナ)男と女じゃ違うでしょう!
(ミドル)男女差別だ。体重なら勝ってるぞ
(ルナ)まったく、この潰れた西田敏行は・・
(ミドル)ふん、老けた工藤静香が
(ルナ)老けたは余計よ、私はまだ20代なんだからね、オジン!
(ミドル)誕生日は過ぎた筈だが・・
(ルナ)今年から年とるのやめたの。
(ミドル)俺の年はとって欲しいな。ボギーに10年くらいあげるよ
(ルナ)それでも私より年上ね、やっぱりおじん(笑)

 挨拶もそこそこに、チャットで慣れている二人の掛け合いが始まった。
 「なんでエロゲームのCDなのよ、恥ずかしいじゃない」
 「ボギーへのプレゼントさ。けっこう面白い」
 「青少年には毒、私がやるわ、寄越しなさい」
 「あ。泥棒!」
 実際に顔を合わせてのやりとりは喧嘩しているようで周囲の視線が気になる。ただ、今の僕にとって二人の会話より、もうすぐ現われるゆきの事で頭がいっぱいだった。期待だけでなく不安もある。チャットとオフでのイメージの相違はよく聞くが、ゆきも僕を違うイメージで思っているかもしれない。会わなければ気持ちが通う友達でいられるのに、オフをしたばかりに疎遠になってしまう、いや、僕達に限ってそんな事はない・・
 「では和歌山に決定だな」
 「本当に、帰りに道頓堀に寄るんでしょうね」
 「俺が嘘を言ったことがあるか?」
 「7対3で嘘が多いわ」
 千歳便の表示が到着に変わって、僕は緊張していた。

1.出会い

 僕とゆきの出会いはチャットではありふれたものだと思う。チャットルームでたまたま一緒になって話が弾み、親しくなった。福岡の僕と札幌のゆきは初心者でまだ何を話していいか判らず、北海道と九州の環境の違い程度を話題にしていたが、だんだんお互いのことを話すようになり、メール交換からアベックモードをする仲になっていった。
 東京や大阪の人が多いチャットでは、オフの話題に入れない事で疎外感があり、知らない相手からの変なメッセージが来るようになって怖がるようになったゆきは僕を頼ってくれた。
 チャットで恋をする、そういう話をよく聞くが僕は信じていなかった。ゆきへの気持ちの深まりに戸惑いながらも、これは現実ではない文字の世界だと自分を納得させようとしていた。それは、ゆきも同じだったと思う。

(ゆき)私達って、チャットだけの友達でいいのよね
(ボギー)うん、僕はそれで満足してる
(ゆき)よかった。私ね・・結婚とか恋愛とか考えられないの
(ボギー)どうして?
(ゆき)両親の世話をしないといけないから。こんな小さな牧場、養子に来てくれる人もいないわ
(ボギー)もし、いたら?
(ゆき)私・・頭悪くて魅力ないから・・性格も暗いし・・
(ボギー)そんな事ないよ。僕は結婚とか、考えるのが怖いんだ
(ゆき)怖いって?
(ボギー)女性恐怖症なのかな(笑)毎日、話すことなくて一緒にいるって、つらいと思う
(ゆき)こんな私でも、ずっと相手してくれる?
(ボギー)こちらこそ、ゆきとのチャットが一番の楽しみだよ

 僕は精神的なもので、ゆきは環境的理由で孤独感があり、チャットに慰めを求めたんだと思う。長崎の大学を卒業して福岡の銀行に就職したが、職場に合わず3年経っても溶け込めなかった。女子行員にとって不器用で口下手の僕は目障りらしく、からかいの対象になっている。
 ゆきは、母親の入院で高校を中退し家の仕事を手伝っているらしい。勉強より仕事が好きだったからと言うが、交通の便が悪い所らしく、週に1回の買い出しの時を除いては家族以外の人とほとんど顔を合わせない生活という事だった。
 チャットだから出来た恋だと思う。25歳の僕と20歳のゆきなら現実の恋人でも不自然ではないというのも相手を特別な存在として意識させた。疑似世界での疑似恋愛、しかし深まるにつれ、会いたいという気持ちが芽生えてきた。出口のない恋にもどかしさを感じ、現実を求める思いが強まっていた。

2.ミドルとルナ

 僕とゆきはいつも二だけでチャットをするルームのメンバー一覧に、いつもミドルとルナの名前があった。パスワードで参加者限定をしているので関係ない筈だったが、ゆきとチャットしていた時にミドルからメッセージが入った。

− ミドル(VEA00115)からメッセージです−
 おはつ、ちょと、そっちに避難させてくれないか?(^^ゞ

***メッセージを送出***
 おはつです。どうしたんですか?

− ミドル(VEA00115)からメッセージです−
 いや、冗談言ったら、相手が怒りだしてね・・

***メッセージを送出***
 どんな事言ったんですか?

− ミドルからメッセージです−
 いや、年増のブスは扱いにくいと・・軽いジョークだよ

***メッセージを送出***
 ひどい・・でもチャットだからジョークですむんですよね

− ミドル(VEA00115)からメッセージです−
 それが・・オフで会ったことあるんだ

***メッセージを送出***
 ちょっと相談してみます

 そして、ゆきもルナさんからメッセージを受け取っており、パスワードを教えた。それから親しくなって、待ち合わせの相手が来るまでチャットするようになった。
 ミドルとルナは喧嘩友達みたいなもので、本当は仲がいいのじゃないかと思う。ミドルは大阪の人で幼稚園の子供がいる既婚者、ルナは離婚歴のある東京の女性だった。

(ボギー) どうして離婚されたんですか?
(ルナ)それは・・好きで結婚したんですもの。深い事情があるわ
(ボギー)すみません、立ち入った事を聞いて
(ルナ)いいの、ボギーは友達だもんね。実は納豆なの
(ボギー)はぁ?
(ルナ)夫は納豆が嫌いなんだけど、2週間毎日夕食に出したの
(ボギー)それで・・
(ルナ)そしたら、あの人ね、見るのも嫌だ、別れようって・・
(ボギー)見るのも嫌って・・納豆を?ルナさんを?
(ルナ)聞くの忘れたわ。その話聞いてミドルは何と言ったと思う?
(ボギー)さあ・・
(ルナ)俺ならピーマン3日で限界だが嫁さんは絶対食卓に出さないって
(ボギー)何と言ったらいいか・・
(ルナ)再婚するとしたら、ピーマンと納豆を食べれる人ね

 4人のメンバーも恒例となっていったが、オフでお互いを知ってるミドルとルナの分かり合った様子が羨ましかった。

(ルナ)オフは怖いわよ。ミドルみたいなオフ・ハンターがいるし
(ミドル)人聞きが悪い。清廉潔白、純粋無比の俺になんて事を
(ルナ)初対面でホテルに連れ込んだのは誰よ
(ミドル)若気の至り・・
(ルナ)まだ1年経ってない!
(ミドル)旅の恥は掻き捨て・・
(ルナ)恥の上塗りじゃ!
(ミドル)酒の勢い・・
(ルナ)下戸で飲んでないじゃん、人にばかり飲ませて!
(ミドル)過ぎた事は忘れよう・・
(ルナ)とぼける気ね、ウイルスを送ってやる!
(ミドル)美人に弱くて
(ルナ)うーーん、特別に執行猶予にしておくか
(ボギー)あの・・オフでホテルと言うのは・・
(ミドル)いやあ、オフは誘惑が多い、ああいうのは苦手だ
(ルナ)勝手に紛れこんできたくせに!

 ゆきに会いたいという気持ちは強まっていたが、チャットだけというのが最初からの約束で言い出せなかった。それが急に具体化したのは、連休前のミドルの提案だった。

(ミドル)今度の連休、札幌に行こうと思うんだが、ゆき、会えない?
(ゆき)ミドルさんと?どうしたんですか?
(ミドル)家族が四国の田舎に帰って丁度札幌往復の株主優待券があるんだ。
(ゆき)それは、ミドルさんと会えるのは嬉しいですが・・
(ルナ)待って、ミドルと二人なんて危ないわよ。ねえ、ボギー
(ボギー)え・・いや、ゆきが決める事ですが・・
(ミドル)あ、品行方正の俺を疑ってるな?札幌ラーメンが食べたいだけさ
(ルナ)すすき野でしょう?目的は
(ミドル)誤解だ、それはあくまでもついでで・・
(ルナ)語るに落ちたわね。その優待券、ゆきにあげなさいよ
(ミドル)なんで?
(ルナ)で、私とボギーも大阪に行くの。4人でオフしましょうよ
(ミドル)待て、地元だと俺のメリットがない
(ルナ)あんたにはガイド兼運転手という特別メリットをあげるわ

 二人が話してる間、僕とゆきはメッセージで相談した。結論はすぐには出なかったが、会いたい気持ちは一緒だと判った。

3.ゆき

 「あ、あの子だな、合図、合図」
 ミドルはポケットからCDを取り出して頭の上で振ると、出口近くでその女性は足を止めてこちらを見た。今度は風景写真のCDだった。
 「恥ずかしいわね、まったく」
 ルナが顔を顰めて呟いた。
 「馬鹿言え、お互い知らない同士が会うんだ。目印は必要だよ」
 「前はマウスを振り回したって聞いたわよ」
 「蓋がとれてボールが飛んでってから止めたよ。もったいなかった」
  女性は急ぎ足で僕達の方にきて、すぐミドルに頭を下げた。
 「おかげさまで、無事来れました。チケットありがとうございます。」
 「いやあ、ゆきに会う為の切符だから目的は達したよ。ちゃんと助手席は消毒したから」
 「さっきまで私が座ってたわよ」
 ルナが横から口を挟む。
 「消毒し直すから・・」
 僕とゆきはちょっと挨拶をしただけだった。チャットでは、無意識に相手を理想化してしまうと言うが、実際に会うゆきはイメージが違いすぎた。超ミニに派手なピンク色で生地の薄いブラウスを前で結び、臍が出ている。髪を短く上に束ねて化粧の濃い感じに嫌悪感を抱いた。ゆきも同様に僕への失望があるのだろう、目をそらしたままで、もっぱらミドルとの会話が弾んでいる。

 「小型のディズニーランドね。長崎にもオランダ村があるんでしょう?」
 「ええ、ここはちょっと狭い感じですね」
 車の座席の流れでシティの中に入っても自然にゆきとミドル、僕とルナの組み合わせで歩いていた。
 「どうだ?俺達、どういう関係に見える?」
 振り向いてミドルがルナに声をかけた。
 「親子に決まってるでしょう」
 「だろ?だからゆきは安心してもっと寄り添っても大丈夫だって」
 「こら、人の言葉を悪用するんじゃない!」
 ゆきもこちらを見たが、視線が僕を素通りする。
 「スプラッシュ・マウンテンにゆきと俺は乗ってくるが、そっちはどうする?」
 「ボギーと私は池の側のベンチで冷たい物でも飲んでるわ。楽しんでらっしゃい」
 「よし、ゆき、怖かったら遠慮せずに抱きついてきていいぞ」
 ミドルがゆきの肩に手を置いたが、ゆきは気にしていないようだった。ルナも僕の腕を掴み、僕達は別れた。ルナはミドルがゆきばかり構うのをどう思っているんだろう?

4.ルナ

 池の側の芝生に円型テーブルと椅子が置いてあり、僕達はそこに腰掛けてコーヒーを飲んだ。意外と人は少なく、風が心地よい。ストレートの髪が流れるのを手で抑えるルナの表情は大人っぽく魅力的だった。
 「ボギーってね、別れた主人に感じが似てるわ」
 「それって、いい意味ですか?」
 「どうかしら」
 悪戯っぽくルナは笑って僕を見つめた。
 「あの人も九州の人なの。熊本出身で、馬刺と辛し蓮根が好きだったわ」
 「性格の不一致じゃなく、嗜好の不一致ですか」
 「納豆の事ね、ボギーだったらどうする?」
 「僕なら、ルナが好きで食べるのは自由だけど、嫌いな物を強制しないでくれって言うと思う」
 「彼も、そう言ってくれれば良かったの」
 ルナの寂しげな表情は初めてだった。東京で気楽な一人暮らしを楽しんでると言っていたが、僕と同じく寂しさからチャットを始めたのではないだろうか?そして、強引なミドルにつけこまれて遊ばれているのかもしれない。
 「彼は、夫婦は同じ価値観を持つべきだと言うのね。一心同体と言えば聞こえはいいけど、結局自分の考えを押しつけるだけ」
 「それで、納豆ですか?」
 「私は私でいたい。夫の人形にもコピーにもなれなかった。それだけの事よ」
 ルナと自然に話が出来る自分が不思議だった。銀行でちょっとした言葉の行き違いから女子行員達に無視行為をされて以来、女性と一緒だと胸が押さえつけられるような感覚が起きていた。チャットでよく知っているという事もあるだろうが、ルナと一緒だとそのの圧迫感がない。
 「ミドルさんの事はどう思ってるんですか?」
 「ミドル?さあ・・どう思う?」
 ルナの表情がまた和らいだのが、何となく妬ましかった。
 「いい人だとは思いますが、調子が良くって、女性が好きみたいだし・・」
 「ミドルに限らず、男の人って、みんな女性が好きじゃないの?」
 「僕は・・相手によります」
 「それは、みんなそうでしょう。ボギーは私が嫌い?」
 「いえ・・好きか嫌いかと聞かれれば・・好きです」
 「嬉しいわ、私もボギーが好きよ。それで、ミドルだけど・・来たわよ」
 ルナの視線を追うと、池にかかっている石橋に肩を寄せるように楽しく歩いてるゆきとミドルの姿があった。
 「いやぁ、面白かった。迫力あるね」
 「ゆきさんは大丈夫だった?」
 「ええ、少し濡れましたけど」
 4人掛けで、ルナの隣にミドルが座り、その横にゆきが腰掛けたので自然と僕とゆきは隣同士になるが、椅子の引き具合で不自然に間が広かった。
 「ミドル、さっき覗いた土産物の店に面白いスカーフがあったわよね」
 「高いからやめるって言ってた分だな」
 「よく考えたら、あんたに払わせればいいんだわ。付き合いなさい」
 「何でそうなる?」
 「ゆきとボギーはここで待ってて。すぐ戻るわ」
 「女のすぐは当てにならない上に、買い物だとなぁ・・」
 「うるさい、さっさと行くの!」
 ルナに急かされてミドルも立ち上がって店の方に歩いていき、今度は僕とゆきが残された。

5.ゆき

 「ルナさんって、素敵ね」
 僕は横を向き、ゆきはうつむいたままで気詰まりな時間があり、ぽつりとゆきが言った。
 「うん、いい人だよ」
 「私もああだったら・・ボギーもルナさんが好きなんでしょう?」
 「え?どういう意味?」
 「いいの」
 「よくないよ」
 初めて僕とゆきはテーブルをはさんで目を合せたが、すぐゆきがそらした。
 「チャットと実際は別なのね」
 「そうだね・・仕方ないさ」
 「そうね」
 ゆきが僕をどうイメージしていたのか判らない。今となっては知りたいとも思わなかった。チャットのゆきが別人であったように、ゆきにとっても僕は別人なのだろう。
 「楽しみにしてたのに」
 「ゆき?」
 「やっと、会えたのに・・ボギーは私が嫌いなんだ・・」
 「それは、ゆきこそ・・」
 「いいの・・私なんか田舎者だし、こんなだから」
 「何を言ってるんだ」
 こらえきれないようにゆきは泣きだした。近くの人達が驚いたようにこちらを見る。僕はおろおろするだけで、ルナ達が戻るまで何も出来なかった。
 「どうしたの、ボギーに何か言われたの?」
 ルナは泣いているルナを抱え、僕を睨んだ。
 「違うの。ボギーが悪いんじゃありません、私が勝手に・・」
 「ミドル、車のキー貸して。私のトランクに化粧用具があるから」
 「ほいよ、ここで待ってるよ」
 キーを受け取ると、ルナは泣いているゆきを連れて出口の方へ行った。
 「どうしたんだ?ボギー」
 二人きりになると、ミドルは顔をしかめて聞いてきた。
 「いえ、別に。話してたら急に彼女が泣き出して・・」
 「泣きたくもなるさ。ボギーの今日の態度はひどすぎる」
 「僕が?僕は何も・・」
 「だからさ。何もしない、何も言わない、見ようともしない、それがゆきにとってどんなに悲しいか判らないのか?」
 「だって・・ゆきだって・・」
 「ゆきは最初から緊張しきっていたよ。可哀想なくらいにね。ずっとボギーを意識していた。いい子だよ、素直で優しい子だ」
 僕は思い返してみた。大切なことを見逃していたのかも・・
 「ミドルと気が合って楽しそうだったから・・」
 「チャットでね、同じルームに目当ての人がいて無視されたらどう思う?彼女はずっと、ボギーが話しかけてくるのを待ってたんだ」
 服装や化粧のイメージは違っても、ゆきはゆきだったんだ。外見で判断したのは僕だった。べそをかいて、化粧が落ちくしゃくしゃになっていたゆきこそ、僕が好きなゆきじゃないか。中州にたむろしている連中や、裏のある取り澄ました銀行の女性とだぶらせたのは、僕の勝手な思いこみだった。
 「やあ、イメージチェンジしてきたな」
 僕達の前に戻ってきたゆきは、地味な茶色のワンピースで、化粧を落として可愛い感じだった。
 「どう?私の着替えだけど、似合ってるでしょう?いつものゆきさんはこういう感じだって」
 ゆきの肩を抱いていたルナが、ゆきを僕の方に押しやった。
 「そっちの方がずっと似合う」
 ゆきは恥ずかしそうに僕の前で俯いた。ミドルとルナさんが、ウインクで合図をして離れて行った。
 「ごめんなさい、泣いたりして」
 「いや、僕が悪いんだ。ゆきの気持ちを考えなくて」
 ちょっと人目を避けたくて僕はゆきの肩を抱き、ログハウス形式の喫茶店の裏手に連れて行った。芝生はあるが椅子はなく、僕は芝に腰掛けたがゆきもすぐ隣に座った。
 「ごめん、ゆきの服装が予想外だったから、僕と合わないと思いこんで」
 「初めてなの、あの服。都会はみんなそうかと思って」
 「多いけどね、嫌いなんだ、軽い感じで」
 「だって、ボギーは安室奈美恵なんかが好きだって言ってたから・・」
 ゆきだ、間違いなく、僕の好きなゆきじゃないか。胸が抑えられる感覚はあったが、いつものとはまったく別だというのはすぐ判った。
 「ゆき、僕は今の、いつものゆきが好きなんだよ」
 「本当に?私の事、嫌いになったんじゃないの?」
 僕は、自分でも思いがけない行動をとった。ゆきの肩を引き寄せ、唇にキスをする。ゆきは体を震わせながらも避けずに、僕に体を預けていた。
 「ボギー、私・・」
 「僕達は、チャットだけじゃなく、現実でも恋人同士になろうよ。いいね」
 「嬉しい。でも、滅多に会えないわね」
 「気持ちが通じてたらそれでいいさ。年に一度の織姫彦星でもね」
 「ネットでは毎日会えるし、そうね。そして、いつかきっと・・」
 「そう、いつか、きっと」
 どうなるのかは判らない。でも、きっと一緒になれる方法がある。僕は下ろしたゆきの長い髪をそっと撫でた。

エピローグ

 ゆきとボギーを空港に送り、ミドルのチェイサーはルナを助手席に乗せ阪神高速湾岸線を走っていた。
 「あの二人、どうなるのかしら?」
 「気持ちのつながりがあれだけ強いんだ。きっとうまくいくよ」
 「そうね、場所が離れているだけなんて小さな問題だわ」
 「通信の悪戯だね。会う筈のない二人を結びつけてしまう」
 「私達も?」
 「遅すぎた出会い、僕達は時間が離れすぎていた」
 「そうね。で、道頓堀はどうなったのよ」
 「諦めろよ、最終に間に合わないだろう」
 「じゃ、泊まってく。明日は休みだし」
 「最初からそのつもりか?日帰りなのに着替え持ってきてるなんて変だと思ったんだ」
 「あら、女のたしなみよ、ハプニングで服を汚す事もあるから」
 「そうか。ごめん、考え過ぎた」
 「だから2着持ってきてるけどね」
 「スピード違反しても、新大阪駅に間に合わせる!」
 「どうしても?」
 「どうしても、だよ。理由は判ってるだろう」
 「そう、ゆきが着てた服があるんだけど」
 「何?」
 「見たくない?私が着たらどうなるか」
 「き、きつい誘惑・・」
 「さ、どうする?」
 「うーーむ・・・仕方ない、神戸に行くぞ」
 「どうして神戸よ」
 「神戸に旅行・・で、旅の恥は・・」
 「じゃ、道頓堀のたこ焼きは?」
 「明石焼きのうまい店を教えてやるよ」
 「いいわ、ごめんね、我が儘言って」
 「判ってるよ、俺が橋にもたれて食べてる連中を羨ましく思ったこと、あの話にこだわってるんだろ」
 「そう、そして奥さんは、みっともないって付き合ってくれなかったのよね」
 「昔の話さ」
 「いいの、もう。私達、これからどうなるのかしら?」
 「どうなろうと・・俺は君の事を心に秘めて墓場に行くだろうな」
 「私は、お互いを傷つけ合う、凄惨な別れが待ってると思うわ」
 「どうして?」
 「そうじゃないと・・お互いふっきれないから」
 「その時を少しでも遅くしたいな」
 「ええ、だから今だけ・・少し甘えさせて・・」
 「ああ、いくらでも」
 「一つだけ、お願いを聞いてくれる?」
 「俺に出来ることなら何でも」
 「奥さんの為にもね・・」
 「うん」
 「競馬はやめて」
 「出来る事ならと言ったよ。それは出来ない」
 「まったく・・」
 車は大阪方面に曲がらず、そのまま神戸に向かった。

ー 完ー