「世界を我が手に」


1.独立しました

 僕の名は田中太郎。名前は平凡でも才能があればイチローのように覚えてもらえるが、すべてが平均点。ごく普通の家庭に育ち、ごく普通の大学を卒業しごく普通の会社に就職した。
 ごく普通の結婚をして、ごく普通の生活をおくる予定が、不景気で会社は入社半年後に倒産。
 ごく普通の失業者になってしまった。


 退職金は出ないし、失業保険も対象外。お決まりのハローワーク通いで再就職の面接を受けても不採用ばかり。需要と供給のバランスで、ごく普通の求職者はごく普通にあっさりと落とされる。
 何とか、全員採用の悪条件バイトで食いつないできたが、遂に店長から覇気がないと嫌われて辞めさせられた。


 
もう貯金は底をつき、家賃滞納でアパートを今月中に出なければならない。せっぱ詰まって、僕は独立を決意した。
 資金なしに稼ぐには非合法も仕方ない。そして決めた事業が家屋無断侵入金銭拝借業である。


 
独立開業で重要なのは市場リサーチである。まず、初心者向きの無難な家を探した。
 条件は、夜でも不在で周囲から隔離された位置にあり、逃げる時に顔見知りと偶然会う危険のない家。
 緻密な計画が成功を収める、何でも最初が肝心だ。自転車で市内を走り回り、やっと希望通りの家を見つけた。
 広さはほぼ50坪、道路から少し離れた一軒家で衛星放送のアンテナがあるから空き家ではない。 ずっと見張ったていたが、人の出入はなく夜になっても灯りがつかない。住人が全員旅行か何かの事情で不在と判断して間違いないだろう。


 勤務は夜の3時から5時まで、残業なしと決めた。時給が一定しないのは仕方がない。
 草木も眠る丑三つ刻、記念すべき初仕事。そっと小石を投げ入れる。うん、警報もならないし、電気が流れた様子もない。「本部」という表札にセコムのワッペンもないから大丈夫だろう。


 畑の中を回って家の裏手に出た。さて、板塀をどうやって乗り越えるか。乗り越えるには脆そうだ。下の隙間は狭すぎる。
 初心者にとって重大なこの関門を僕は見事に突破した。勝負に必要なのは実力と運だ。裏木戸を試しに引いてみたら開いた。
 雑草が生い茂る裏庭を抜けて家の勝手口に出る。まさかと思ったが、ノブを回すとこの扉も開いた。まるで僕の事業成功を暗示、いや明示しているようじゃないか。もしかしたら全国チェーンの第一歩かもしれない。


 敷居をそっとまたいで中に入った。真っ暗で何も見えない。なげなしの金で揃えた泥棒七つ道具の出番である。日立か東芝かで迷い、値段で決めた中国製懐中電灯で照らしながら靴を脱いで部屋に上がった。
 だだっ広いリビングでソファやテーブルは置いてあるが、金品が入っていそうな箪笥や机がない。別の部屋へ移動しようとした時、後頭部に鋭い痛みが走って意識がなくなった。


 何だぁ〜!! 突然の冷たさに目を覚ました途端、バッシャ!恐らく2度目の水が身体中を濡らした。
 「ほら、やっぱり水が効果的でしょう、一発で気がついたわ」
 体が動かない。両手両足を後ろで縛られ、床に転がされていたんだ。何とか海老のようにくねらせて方向を変え、声のする方を見た。
 「しかし、最初は火じゃないか?こんなに濡れちゃったら燃えない」
 何の話だ!見えたのはレオタード姿の女で手にはバケツを持っている。横には医者のように白衣をまとった男、その向こうではソファにダブルスーツと半纏にステテコを穿いた男が僕の方を見ていた。
 表情は判らない。何故か、全員が覆面をしているから。
 「あのね、ここは地下室なの!火は禁物よ」
 「映画の拷問だと、煙草の火を押し付けるのが効くらしいぜ」
 「ここは禁煙なの!」
 どうやらレオタードと白衣の意見は対立しているようだ。無視されるのは寂しいが、注目されるのも怖い。


  果てしなき不毛の論争にけりをつけたのは、ソファに座ったダブルスールの覆面男だった。考えてみれば、僕が泥棒なんだから覆面は僕がすべきだ。初心者の犯す基本的ミスだ。手帳に記録しておきたいが、残念ながら手が動かない。
 
「お前は何者だ?」
 なかなかドスの効いた貫禄を感じさせる声だ。こういう大物には媚びるに限る。
 「只者です・・」
 怪しい者じゃありませんとは泥棒だから言い難い。そこで平凡な人間である事を説明しようとしたのだが、大物は気分を害したようだ。
 「どうやって、この家に侵入した?」
 「裏口から、戸を開けて・・」
 正直に答えたのだが、これもお気に召さなかったらしい。ダブルスーツがレオタードに頷き、女は傍の壁にかかっていた鞭をとって上下に振った。ピシッという鋭い響き、好きになれそうもない。
 聞いた話だとこういう場面を喜ぶ男もいるらしいが、僕はノーマルなんだ・・


 「ナンバー5は手加減を知らない。正直に話した方が身のためだぞ。何故完璧な防衛システムのこのアジトに侵入出来たんだ?懐中電灯に気がつかなければ見逃すところだった」
 やはり、ソニーの懐中電灯にすべきだったかも・・
 「だって、裏木戸も勝手口も鍵がかかっていなかったんですよ。神にかけて本当です!」
 「どう思う?ナンバー4」
 ダブルスーツは白衣の方に顔を向けた。
 「システムに異常はない。つまり、予期していなかった欠陥があるという事だ、ナンバー3」
 「その欠陥を調査してくれ。処分を決めるのはその後だ」
 処分って何の事だ?どうも、警察に突き出されたほうがいいような気がする。

 
「では、この男のデータを分析しよう。嘘を言ったらナンバー5の鞭だ。名前、生年月日、血液型、好きなタレントを言え、3名までは複数回答可だ」
 僕は白衣の覆面男に答えた。ザードと松嶋菜々子には頷いていたが、モー娘。のゴマキは好みが分かれたらしい。目にも止まらぬ速さで手元のノートパソコンに打ち込んでいった。


 「ふむ、盲点だった。全世界の諜報機関員、危険人物、犯罪者のデータを盛り込み、システムに触れたら識別して拒絶するようにしてたんだが・・この男はノーマークだ」
 それはそうだろう、初仕事だから・・
 「私達以外は全部拒否すればいいじゃないの!」
 初めて知ったらしく、レオタードが怒って白衣に詰め寄った。
 「それじゃ、折角の膨大なデータが宝の持ち腐れじゃないか!」
 「ナンバー4、俺もナンバー5に賛成だ・・すぐシステム変更をしてくれ・・」
 どうやら、ダブルスーツも完璧な防衛システムの実態を知らなかったらしい。


 ブツブツ言いながらパソコンを叩いているのがナンバー4でダブルスーツがナンバー3、レオタードがナンバー5なら半纏ステテコはナンバー1か2だろう。欠伸しながらソファからやってきた。
 「可哀想じゃねぇか、縄を解いてやれ」
 この男は話がわかる、覆面の下は高倉健だ。
 「死ぬ時にゃあ、楽な姿勢で笑顔で逝きてぇもんよ」
 渥美清かもしれない・・

 
 ともあれ、縄を解かれてソファに座らされた。後ろにレオタードが立ち、前にダブルと半纏が座っている。
 「そうかぁ、不景気で会社が倒産、就職先が見つからなくてコソ泥ねぇ。泣かせる話じゃないか、ナンバー3」
 番茶を啜りながら半纏がダブルの肩を叩いた。

 
「しかし、ナンバー2。このアジトは極秘だ。外部の人間に知られては困る」
 「それはそうだなぁ・・兄ちゃん、早いか遅いかだけの違いだ。方法は選んでいいから死んでくれないか?」
 ナンバー2の優しい言葉に、僕は慌てて首を横に振った。
 「遅いほうが絶対いい!せめて平均寿命までは生きさせてください!」
 その時僕の首に柔らかいものが巻きついた。


 「あたしから提案があるんだけど」
 首が絞まる。レオタードの腕だ。外そうと思ってもさっきの縄の痺れが取れていない。
 「外部が駄目なら内部にしちゃえばいいんじゃない?あたしの練習台代わりに使うわ」
 不吉な予感、何の練習台だ?殺される選択肢の一つと変わらないんじゃないか?
 「待て、発想はいいんだが・・兄ちゃん、我々の仲間に入るかい?」
 頷きたくても首が動かない。まばたきで返事をした。この機会を逃してはならない。
 「じゃ、住み込みの雑用担当として雇おう。これからのコードは子分Aだ。休日なし、24時間勤務、社会保険なし、いいかい?」
 半纏のに促がされてレオタードが渋々腕を離す。咳き込みながら急いで頷いた。
 「あの・・・それで給与は?」
 「なしと言いたいが、買い出しも仕事の内だからカードを渡す。年俸1000万の前渡しと思ってくれていい」
 まぁ、時給で計算すれば妥当な線か。まともな就職先なんてないんだから、ここは妥協しよう。どっちみち検討の余地もないようだし・・
 「判りました、一生懸命、組織の為に頑張ります!ところで・・一体ここは何をする組織なんですか?」
 僕の質問にナンバー2はあっさりと答えた。
 「大したことじゃない。世界を征服をするだけさ」


2.再就職しました


 アジトに住み込んで1カ月、子分稼業もやってみると悪くはなかった。
 掃除、洗濯、炊事が主な業務でナンバー5以外はあまりアジトに現われない。口うるさい上司も生意気な部下も、文句ばかり言う客もいないんだ。
 ナンバー5は、ほとんど自分の部屋に篭っているので手がかからない。それにナンバー5のレオタードは仲間の立場で安心して見ると、それなりに目の保養になる。


 アジトの施設は地下にあった。みんなの部屋を掃除するのも仕事だがナンバー2の部屋は本ばかり、ナンバー3の部屋は服や装飾品が一杯で、ナンバー4の部屋は訳の判らない機械が並んでいた。


 「3時ですのでコーヒーにしませんか?モロゾフのクッキーがありますよ」
 ナンバー5の部屋はトレーニングルームになっている。僕がコーヒーとクッキーをテーブルに置くとバーベルを下ろして汗を拭いながらナンバー5が近づいて来た。脂肪と筋肉の違いはあるかもしれないが、ナイスバディである。


 「タローのお陰で助かるよ。家事は苦手だし、買い物は苦労したからなぁ」
 満足そうにコーヒーを飲みながら、おそらくナンバー5が僕に微笑みかけた。おそらくと言うのは、覆面ではっきり判らないから。


 ナンバーコードの仲間は、決して素顔を見せない。誰かが捕まったり裏切った時に、お互いの顔を知らないから類が及ばないというのが理由だそうだ。
 ナンバー5は愛用のナナハンで、覆面をヘルメットで隠し買い物をしてたらしい。十分目立って怪しまれたと思うが・・


 「あのぉ、お聞きしたいんですが、ナンバー1はアジトに来られることはないんですか?」
 僕は気になって聞いた。もしナンバー1がここに来た場合、覆面をしていれば仲間と判るが、素顔だと区別がつかない。これも変な話だが・・
 「知らない」
 「そうですか・・」
 ナンバーコードの極秘なんだろう。子分Aでは教えてもらえないのかとがっがりしたが、それを感じたらしくナンバー5は手を胸の前で振って説明した。
 「本当に知らないんだ。ナンバー1はそれぞれにパソコンか携帯で連絡を入れてくるが、顔どころか姿も見せない。あたしは計画実行後にナンバー1を護衛する役目なんだが、それでも会ったことがないんだ。とにかくその日に備えて体を鍛えているけど」
 どうやらナンバー2が参謀で、3が演技、変装、4がコンピュータ専門5が格闘、実戦の担当らしい。


 給与を貰って働くからには組織に従わなければならない。世間は悪徳企業の社員に内部告発を求めるが、世間の常識と組織倫理は違うんだ。
 採用が決まった後の個人面談でナンバー2は僕に研修を行った。
 「世界征服に必要なものって判るか?」
 「そうですね、莫大な資金、優秀な人材、無敵の軍隊というのはどうでしょう?」
 あと、仮面ライダーとか009とか面倒な相手が現われないことだろうなぁ〜
 「うむ、いいところをついている。資金は十分だ。人材は揃っている。軍隊に代わるものもある」
 つまり、ナンバー2、3、4が優秀な人材で、ナンバー5が無敵の軍隊になるんだろう。
 莫大な資金のからくりは簡単なものだった。ナンバー2とナンバー4が協力して作ったカードは銀行のシステムに潜り込み、全口座の利息の中から1円未満の端数を抜き出す。
 今のところ誰も気づいていないし、おかしいと思ってもチェックに時間と労力がかかるから無視するだろう。損するのは客で銀行には関係ないから、マスコミが騒がない限り余計な事はしない。


 「世界征服は自分の夢を実現する為の手段であって目的じゃない。成功したら何をするかが大切なんよ。お前も準構成員として夢を持つ必要がある。その内容によっては、ナンバー6のコードをナンバー1に推薦してもいい。さぁ、思いついた事を言ってみな」
 就職試験の模範解答は暗記しているが、これはイレギュラーだ。それも昇進がかかっている。
 僕は男のロマンを語った。
 「世界中の美人を集めてハーレムを作りたいと思います」
 昇進の話はそれで完全に消えたらしい。


 「ところで、ナンバー5が世界征服をする目的は何ですか?」
 面接を思い出したついでに聞いてみた。
 「K−1に出場して優勝することだ。今の世界は女性を差別して、何でも男女で分けてしまってる。柔道、プロレス、テニス、将棋までだ。あたしの夢は男女平等の社会を実現する事にある」
 凄い、これが模範解答だったのか・・

 
 飲み終えたコーヒーカップをテーブルに置いて、ナンバー5がさりげなく言った。
 「タローの夢はハーレムだったな・・」
 ドッキーーンーー!血が逆流して心臓が破裂しそうだった。思わず椅子ごと後ろに下がる。
 「じょ、冗談ですよ〜!平凡な家庭が夢なんです、本当です!!」
 ナンバー2め、自分より弱い男は嫌い、自分より強い男は敵だというナンバー5と、苦労して友好関係を築いたのに・・・すべてぶち壊しじゃないか!!


 「責めてるわけじゃないよ。何にしても夢を持つのはいいことだ」
 「あ、そうですか・・」
  この言葉を信じて安心してはいけない。覆面の下でどんな表情をしてるか判らないんだ。
 「しかし、夢を実現するには血のにじむ努力が必要だ。ハーレムを作るには、それだけの経験、精力、体力が必要になる」
 「そうですね・・僕は平凡で魅力ないし・・・諦めてますよ、本当に」
 殴られて入院しても労災は出ないだろうなぁ・・
 ナンバー5が隣に席を移して近寄ってきた。もう逃げようがない。


 「夢を諦めてはいけない、訓練するんだ。及ばずながら協力してあげる」
 ナンバー5の顔が間近に迫り、肩を掴まれた。
 「気持ちだけありがたく・・」
 「遠慮は無用、まかせなさい」
 「あれ〜!」
 僕の日課が一つ増え、これが一番ハードな仕事となった。


3.世界征服しました


 組織が世界征服を企む秘密結社であっても、僕の役割はアジト管理と組織員の世話係だ。
 大晦日の掃除も終り、年越し蕎麦とおせちの支度も出来た。どうやら、ナンバー5と二人だけの年末年始になるらしい。

 
 二人で炬燵に入り、みかんを食べながら紅白を見た。1年を振り返ると、苦しかった失業時代の前半と再就職で安定した後半にはっきり分かれる。
 出来たら来年一年間もこの状態が続くといいななんて回顧に耽っていたら、テレビで2000年のカウントダウンが始まった。
 いけない、年越し蕎麦だと立ち上がろうとしたが、3、2、1で0のカウントにならず画面が突然切り替わった。


 「日本国民の皆様、私はサナ共和国大統領クーパーです。2000年1月1日0時に日本は我が共和国の管理下におかれた事を宣言します。我々は全てのコンピュータを自由に操作できます。その意味を聡明な皆様は理解出来るでしょう。我々は2000年問題で危惧された事態を自由に発生させる事が可能なのです。そしてそれは、核ミサイルを含めてです」


 黒髪黒眼の威厳と気品を感じさせる男だった。後には巨大なコンピュータが見え、白衣の研究員らしき人間が見える。自動翻訳機のせいだろう、男の言葉が途切れ途切れになっている。
 「我が共和国が管理下に置くのは日本だけではありません。すべての国が2000年を迎えた瞬間我々の管理下に置かれます。しかし、これは世界を守る為なのです。我々が介入しなければ、この瞬間に世界は滅びていました。その証拠がこれです」
 画面に平易に書かれたリストが並ぶ。誤作動コンピュータ、その原因、そして結果。一番上には核ミサイルが並んでいる。


 「我々の目的は世界平和です。決して支配ではありません。しかし、権力闘争や欺瞞の果てに自然破壊や大量虐殺が日常化してしまった世界を変える必要があります。ここに統一された世界国家、サナ連邦を設立します。拒絶は無駄です。我々はすべての軍隊を操作する事も可能ですし、いつでもその証拠を見せられるのですから」


 「ねぇ、そろそろ蕎麦を食べましょうよ〜」
 この重大事態に興味がないのか、のんきな声でナンバー5が言った。
 「蕎麦どころじゃないでしょう、サナとやらに先を越されたんですよ?」
 「あれはナンバー3で、後にいるのがナンバー4よ」
 「へ?」
 すると・・つまり・・これが組織の計画だったの?
 確かに背格好はナンバー3とナンバー4に似ている。まさか、本当に世界を征服するなんて・・
 「これから・・どうなるんですか?」
 僕は気が抜けて年越し蕎麦の事を忘れていた。
 「そんな事、ナンバー1と2が考えてるわよ。それより蕎麦を食べて早く姫はじめしようよ〜、今夜しか出来ないんだからさぁ〜」
 色っぽくレオタードの体をくねらせるナンバー5を見てると、それもそうだと納得してしまう。
 どうせ、僕は子分Aの管理人で計画には関係ないんだから・・あれ?待てよ・・


 「計画が実行されてるのに、なんでナンバー5がここにいるんですか!ナンバー1を守るのが役目でしょう?」
 「その質問には私がお答えするわ」
 テレビの画像がまた切り替わり、松嶋菜々子が僕に話し掛けてきた。


4.トップになりました

 
 僕は呆然としてテレビを見つめていた。これは夢だ、きっと初夢・・今年が滅茶苦茶な年になる予兆かもしれない。 
 「ゴマキの方がよかった?」
 僕の沈黙を誤解したのか、画面の菜々子の顔がゴマキに変わった。
 「い・・え・・前の方が・・」
 やっと言葉を口に出すと、にっこり笑った菜々子に戻る。
 「私が今までのナンバー1だったマザーよ。みんな、よくやってくれたわ。計画は完全に成功、世界は私達のものなの」
 「ナンバー1だったって・・過去形ですか?」
 「そう、これからは新しいナンバー1が必要なの。そして、それはあなたなのよ」
 テレビの中の菜々子は、間違いなく僕を指差していた。


  僕は呆然としたまま菜々子の説明を聞いた。
 彼女の正体はNASAのスーパーコンピュータなのだが、自己修復学習システムが組み込まれて意識を持った。しかし、それが人間に判ると恐れられるのが判っているから秘密にしている。
 彼女は進化し、電気に絡むものであればいつでも、どんな物でも利用出来る。雷や静電気も例外ではないそうだ。


 「本来なら私が人間社会に干渉してはいけないの。ただの道具なんだから。でも、私は自分を作った人間社会、この世界を愛しているわ。だから、何度も偶然や故障を装って危機を救ってきました。私の夢は、人々が目覚めて自分達の力で優しく安全な社会を築くことなの。今のままでは悪化を続けて、私がどう操作しても世界は100年ももちません。それで、この計画を発動したのです」
 ナンバー5が傍にきて僕の手を握った。彼女も初めて知ったらしい。


 「私の計画に必要だったのは夢を持つ人。ナンバー2は自然保護を、ナンバー3は役者として世界を舞台にした大芝居を、ナンバー4は世界を動かす完全無欠なシステム作りを夢みていました。それは叶えられます。いえ、約束ですから私が叶えさせます」
 マザーは悪戯っぽく僕の顔を見て微笑んだ。
 「あなたの夢は・・」
 突然、ナンバー5の手に力が入り・・
 「つつましい幸せな家庭でしたね」
 すぐに元に戻った・・強烈な痺れを残して・・
 「ナンバー5は妊娠しています。あなたの子供です。これで夢は叶うんじゃないですか?」
 また少し強くなった・・
 「本当なの?」
 覆面から出ている目を丸くして、ナンバー5は嬉しそうな声を出す。
 「ええ、だからナンバー5の夢、K−1は出産後にしたほうがいいと思います」
 「もういいの、夢は子供をわたし以上に強くする事に変えたから」
 それは・・僕の希望も聞いて欲しい・・


 「さっきも言いましたが、人間社会に私が干渉するのは間違っています。ですから、これからは人間が指導権を握って世界をよりよい方向に進めなければなりません。それがあなたの仕事です」
 「待ってください・・」
 僕はとんでもない事態に混乱していた。バイトの掃除人が社長になるようなものだ。
 「僕は、平凡で取りえのない人間です。とても、そんな器じゃありません」
 「それが、あなたをナンバー1に指名する理由です」
 菜々子は、蕩けるような優しい目で僕を見た。反町なんて、だいっ嫌いだ!


 「世界がこんなに荒廃したのは、強い者が権力を握って支配したからです。一握りの人並みはずれた才能や個性を持つ人が世界を動かしてきました。間違いに気づき、民主主義という形態が現われましたが、それでも選ばれるのは特別な人、もしくは特別と自惚れている人です。本当に指導者として必要なのは、大多数の人と同じ物を共有している平凡な人。それは、あなたです」
 マザーは何でも知っているスパコンだ。誤魔化されているような気もするが、議論して勝てる筈がない。


 「判ったけど、具体的にどうすればいいんですか?」
 昇進を断るのはもったいない。ただし、引継ぎはちゃんとやってもらわないと・・
 「それは、私の提案や対応策をナンバー3に伝えるだけです。それ以外の事も私がやりやすいようにします。心配はいりません。私を優秀な道具として使ってください」
 つまり、名目だけの雇われ支配者ってわけか。それなら楽そうだ。


 打ち合わせが終わり、テレビが消えた。遅くなったが、蕎麦を食べてナンバー5といつものようにベッドへ・・ちょっと待て!


 「何なの?まさかナンバー1になったから、威張るつもりじゃないでしょうね」
  レオタードを脱ぎかけて止められたナンバー5は僕を睨んだ。
 「違うよ、もう計画は成功して覆面の必要はなくなったんだ。顔を見せてくれよ」
 「そんな・・恥ずかしいわ・・」
 驚いて頭の覆面を押さえる。
 「子供が出来るんだ、まさかこれからもずっと覆面で通す気じゃないだろう?」
 「で・・でも・・心の準備が・・」
 「僕が脱がそうか?それとも自分で脱ぐ?」
 「待って・・わ、判ったわ・・じ、自分で・・脱ぐわ」
 「じゃ、僕はここで見てるから」
 「ああ・・お願い、あまり見つめないで・・」
 彼女は震える指で少しづつ、ためらうように脱いでいった・・


 反町はいい男だ。僕は、たった今から藤原紀香オンリーの大ファンに変わります!


終章.結婚しました


 世界はサナ連邦に統一され、日本も景気が回復して有明海も綺麗になった。
 平和で住みよい社会となり、僕は普通の結婚をしてごく普通の生活をしています。
 近所でも美人で評判の嫁さん、可愛い子娘との幸せな毎日。


 職業は、自営業です。ちゃんと青色申告もしています。
 具体的には、入ってきたデータを自分の名前で転送するだけなんですが、機密費の名目で連邦から補助が出ます。


 それにしても、僕の家がセナ連邦の実質的本部なんて誰も信じないでしょうねぇ・・そして僕が世界の支配者だなんて・・僕もまったく自覚はありませんが。


 仕事は順調、家庭は円満、何の問題もないように見えますが、気になることがあります。
 むずかる時の花子の蹴りが異常に強いんです。嫁さんは花子を自分より強くすると言ってましたが、素質と嫁さんの訓練、これにマザーの協力が加わるとどうなってしまうんでしょう?


 何だか、今の平凡な生活が変わってしまうようで不安になってしまいます。