「魔界を我が手に」


(序)


 魔王子は退屈していた。
 魔界は人間界と比べて時の流れが数百倍も遅い。
 魔王に次ぐ絶大な魔力を持ち、魔界の敵をことごとく滅ぼした彼には、もう戦う相手がいなかった。
 ドラゴン族、天界に干渉出来るのは魔王だけだ。しかし、親父は元気で地位を譲る気配がない。
 俺と互角に戦える相手などいないとは判っているが、せめて退屈しのぎになる奴はいないか・・


 「あの、魔王子様」
 目を閉じていた王子を寝てると思ったのだろう。中級悪魔長サタンが遠慮しながら声をかけた。
 「何だ、エルフ族が反乱でも起こしたか?」
 それなら数だけはいるから、1時間程度の暇潰しにはなる。
 「いえ・・些細な事ですが、一応お耳にと思いまして・・」
 サタンは人間界の責任者だ。真面目だけが取り柄であまり融通がきかない。
 「では、一応聞こう」
 「実は、300年振りに召還らしき気配がありました。かなり出鱈目ですが・・」
 召還・・すぐには意味が判らなかった。そうか、魂を集める為に下級悪魔がやってた儀式だ。
 まだ天界の影響が残っていた頃は意味もあったが、今では過去の遺物だ。
 「ふむ、珍しい事もあるもんだな」
 「それで、下級悪魔のベリアルを派遣いたしますので、ご承認を頂きたいと思いまして・・」
 確かに些細な事だが、300年振りということで報告に来たのだろう。
 人間界か・・神が死んでから行ったことがない。
 「暇だ、俺が行く」
 サタンは蒼ざめて唇を噛み締めた。
 気紛れな王子が行けば人類を滅ぼしかねない。
 そうなると、下級悪魔の仕事がなくなってしまう・・・
 「では、秘書として下級魔女のビレトをお連れ下さい」
 「雑用係が必要かもしれんな、いいだろう」
 サタンは安堵の溜息をついた。ビレトなら魔王子の暴走を止められるかもしれん。
 慎重派のペイモンと調子者のビレトを間違えたのにサタンが気づいた時は手遅れだった。


(1)


 九州の中央部に位置する福岡県久留米市は、松田聖子はともかく、チェッカーズのフミヤ、「上を向いて歩こう」の中村八大を輩出し、日本の文化を代表する芸術都市である。
 その文化都市久留米に、人知れず暗い影が忍び寄っていた。 


 県下に名高い喧嘩学校、瞑繕高校は、これも全国に悪名轟く聖蘭学園と統合された。
 強くなければ卒業出来ぬ高校に生徒が集まる筈がなく、二校を合わせても定員割れなのだから仕方がない。


 旧瞑繕高校の生徒会長、服部誠は放課後、机に足を投げ出して寝ていた。
 周囲で掃除をしている同級生は、音をたてないように恐々としている。
 瞑繕では喧嘩の腕がすべてを支配する。
 服部誠は2年の時に、空手部、柔道部、剣道部、レスリング部、茶道部などの強豪を打ち破って生徒会長に就任した。
 学校では敵なしの彼の前に、新たな敵が現われた事は全校生徒が知っている。


 「ま〜こ〜、甘えてばかりで〜、ごめんね〜♪」
 耳元で囁かれた超廃盤ソングで誠は椅子のバランスを崩し、派手な音をたてて後ろに倒れた。
 「あ、愛お嬢様・・」
 口を開けたまま、呆然と声をかけてきた少女を見詰める。 
 「大丈夫?頭、打ったんじゃない?」
 床に倒れたままの誠に近寄り、少女は頭に当てようとしたが、慌てて誠はそれを避けた。
 「どうして愛お嬢様がここにいるですか!」
 「あら、瞑善学園の生徒だもん、当たり前でしょう?」
 「だって・・確か、香華女子高に・・」
 「退学になっちゃった。それでお姉様に頼んで編入、まこちゃんと同じ学校、うれし〜いな〜」
 誠は頭を押さえたまま動かなくなった。


 久留米が大文化都市となったのには理由がある。
 久留米藩の大名だった有馬家は有馬頼義という大推理作家を出すほど芸術への造詣が深い。
 その功労を日本中が認めて、競馬の有馬記念が始まった。

 
 その有馬家の長女、有馬凛は瞑善学園の新理事長に就任している。
 不治の病で病院生活が長く、あまり学校に行けなかったので理事長として生徒気分を味わいたいと言うのが理由だ。年齢は20歳、、美貌に加えて儚げさと上品さは男子生徒を魅了していた。
 そして、次女が有馬愛なのだが・・悪気のない破壊行為は留まるところを知らない。


 「服部、グランドでバトルが始まったぞ。見ておいたほうがいいんじゃないか?」
 止まった時間の救い主として入口に現われたのは英語教師の伊達だった。長身で格好よく、早くも旧聖蘭の女生徒がファンクラブを結成している。
 何故か伊達は打倒服部を掲げ、1年の時から誠に強敵をぶつけてきた。それを全て打ち破ってきたから生徒会長になったのだが・・(強敵については外伝を待て・・冗談)


 「誰と誰だ?」
 「吉沢と1年の転入生だ。田中花子とか言ったな」
 「俺は女と闘う気はない」
 九州のレディースを束ねる黒百合会のリーダー、吉沢小百合。
 相手にとって不足はないが、服部家の家訓に「女を泣かずべからず」とある。しかし、「来るものは拒まず」というのもあるから、挑戦されたら仕方ないだろう。
 「ずる〜い、花ちゃん、一人だけ遊んでるんだ〜」
 愛はチャンスとばかりに誠の腕にしがみついている。
 「愛お嬢様、ご存知なんですか?」
 「一緒に退学になって、こっちに移ってきた友だち。ねぇ、見に行きましょうよ〜」
 お嬢様のお友だちなら助ける必要があるかもしれない。それで、吉沢との闘いになっても仕方がないだろう。
 誠は愛に引きずられるようにしてグランドに向かった。


 (2)

 
 瞑善学園の場合、グランドと言うより決闘場と呼ぶほうが相応しいだろう。周囲には縄が張られ、観客席、貴賓席、審判席などが決められている。
 伊達と誠、愛の三人は貴賓席でまごついている凛の近くに座った。
 「伊達先生・・これって・・暴力では・・」
 熱気、喚声の中で事情を知らぬ凛は伊達に聞いた。
 「理事長はご存知ないでしょうが、世界共通のスポーツです。次のオリンピックには正式種目になるかもしれません」
 「そうだったの・・じゃ、我が校から参加出来るといいですね」
 思わず誠は吹き出しかけたが、凛お嬢様の前でそんなはしたない真似は出来ない。


 「花ちゃ〜ん、頑張って〜!」
 ニコニコしながら愛が声援を送る。中央を見て誠は目を疑った。


 花子という少女、愛お嬢様によく似ている。小柄で、ちょっと抜けた感じだが、どう見ても吉沢を圧倒している。
 「愛ちゃ〜ん、そろそろ帰るぅ?」
 「今日はまこちゃんと約束したの〜」
 「三人でかえろ〜」
 「いいわよ〜」
 間延びした愛と花子の会話の間にも吉沢の突き、蹴りが襲う。しかし花子は軽々と避けていた。
 「愛ちゃんは〜誠の〜嫁にな〜る♪ 紹介するわ、話していた許婚のまこちゃんよ〜」
 愛が誠を指差し、視線が一斉に集まった。
 花子も吉沢から目を離し、足を止めて誠の方を見る。
 隙だらけどころではない、小百合は跳んだ。起死回生の真空二段跳び膝蹴り!
 直撃なら死ぬだろう。この距離で交わせる筈がない!
 しかし・・無造作に足を捉まえられ、横1回転、縦飛翔1本背負いで見事に顔から地面に叩きつけられる。

 
 「パンツ、見えてるよ〜」
 「今日は見られてもいいの穿いてるの〜」
 「じゃ、帰ろうか〜」
 花子は息一つ乱さず、ニコニコと愛の方に歩いてきた。

  
 「服部・・あの子に勝てるか?」
 後ろでちょっと声を震わせて伊達が聞く。
 「お・・俺は・・女とは闘わない・・」
 二人だけには見えていた。花子は捉まえて投げるまでに、数十発の蹴りと拳を入れている。小百合は地面に着く直前には既に意識を失っていただろう。
 「無意味な戦いは避ける」これも家訓にあった筈だ・・無理な戦いだったっけ?


 「花子さん、強いのね。愛ちゃんと仲良くしてあげて」
 凛お嬢様が優しく花子に微笑みかける。
 「私達、仲良しだもんね〜」
 二人、はもって答えた。
 「あいちゃんで〜す♪」
 「はなちゃんで〜す♪」
 「アイハナで〜す♪♪」
 誰に似ているか判った。モー娘。は嫌いだ・・
 片足を前に出して頬に指を置く仕種は可愛かったが、凛お嬢様以外には受けなかった。


(3)


 「申し訳ありません、不覚を・・」
 英会話部室で包帯だらけの吉沢小百合が、伊達京一郎に膝をついて頭を下げていた。
 「不覚と言うには、実力の差があったのじゃないか?」
 伊達は冷たく見下して同情の様子はない。
 「は・・い、しかし人間如きに負けるとは・・死んでお詫びを・・」
 「魔女が女の子に負けて自害したら、それこそ魔界の笑い者だ」
 魔王子は苦々しく魔女ビレトを睨みつけた。
 「何者だ、あの花子は・・闘いながら心を読まなかったのか?」 
 「それが・・雲を見てソフトクリームを食べたいとか、パンツは熊さんより花柄がよかったかなとか・・」
 「ええい、あんな小娘がいるとぶち壊しだ!」
 伊達こと魔王子の眼が怒りで赤く燃え、ビレドは怯えて後ずさりした。
 「小娘は俺がけりをつける。もう一つの作戦はどうなった!」
 「今月中には何とか・・」
 「この久留米を魔界の地とし、人間界蹂躙の足がかりとする。そうすれば、父も俺を認めて王位を譲るかもしれぬ。この大望の前に失敗は許されないのだ」
 「判っております・・」
 ビレドにとっても中級魔女に昇格できるチャンスだ。
 「では、明日よりあの花子の配下となり、弱点を探れ」
 ビレドは訝しげに魔王子を見た。
 「あの・・そうしなければ、魔王子でも勝てぬかもしれぬと・・」
 「まさか、ただ少しでも楽をして勝ちたいだけだ」
 いくらでもハンデをやるから戦いたいと仰ったのでは、と思いながらもビレトは口に出さなかった。 


 有馬屋敷の中にある運転手部屋で、誠は父の全蔵に花子の技について説明していた。
 服部家は徳川家お庭番服部半蔵の子孫であり、主家有馬家を守る為に代々受け継がれた忍者一家である。
 「うーーむ、大体の見当はついた」
 聞き終わった服部肝臓は頷いて膝をポンと打つ。
 「勝てるか?親父」
 「我が服部家は忍術のみならず、あらゆる流派の長所を取り入れてきた。たとえ有馬屋敷にジャンボ機が突っ込もうと、サリンが撒かれようと防ぎぬく技術がある。ほぼ無敵じゃ」
 「なんだ?その、ほぼと言うのは?」
 誠にまた不吉な予感が走る。
 「うむ、その花子とやら、基本的には服部忍術と変わらぬが、流派の全てを取り入れておるのじゃ」
 「どう違う?」
 「わしらは、あらゆる格闘技と闘って勝つ自信はある。しかし、その花子はあらゆる格闘技をマスターしておる。この差は大きい」
 「結論を言え!」
 「触らぬ花子に祟りなし」
 家訓がまた一つ増えた・・


(4)


 「誠ちゃんに相談するのは筋違いかもしれないけど・・生徒会長だから、何とかしてくれない?」
 理事長室で有馬凛はすがるような目で誠を見つめた。
 憧れの凛お嬢様からのお願いだ、死んでも何とかしたい。でも・・
 「愛ちゃんと花子ちゃん、転入生でしょう?苛められやすいのね、きっと」
 苛められるのが怖くてみんな避けてるんです・・
 「クラブもみんな断られたんですって・・」
 それは、みんなぶち壊したと言うべきでは・・運動部、ほぼ全滅で重傷30名ほど、文化部、ほぼ部室全壊で備品のほとんどが再申請。何と言っても愛お嬢様のお姉様だから校長や教師も遠回しに報告したと思うのですが・・


 「愛ちゃんって、ちょっとおっちょこちょいでしょう?悪気がないのに誤解されるのよね」
 図書室でつまづいて何人の犠牲者が出たか・・本棚の将棋倒しで書物の多さと重さが判りました。
 理科室の爆発、ちょっとした間違いですよね・・でも医務室を見たらとても言えません・・
 一人でも原爆並なのに、花子が加わって水爆なんですよぉ〜(泣)


 「何と言っても、誠ちゃんと愛ちゃんは婚約者同士ですもの、力になってあげてね」
 「凛お嬢様まで!何で俺、いや僕が、愛お嬢様の婚約者なんですか!」
 「あら、そのつもりでお父様は愛という名前をつけられたのよ。愛と誠、お父様が感動されたマンガですって」
 「ぼ・・僕は・・」
 凛お嬢様が好きです。その一言が言えない身分の差だった。お嬢様の為なら死ねる!だから、お嬢様を守る為に世界最強の男になると誓いました。今は・・家訓により男の中の最強になろうと少し軌道を修正しましたが・・


 何とか誤魔化して理事長室を出ると、外で愛お嬢様が涙を浮かべて待っていた。
 「これっきり、これっきり、も〜う〜、これっきりですか〜♪」
 「何ですか、一体・・」
 「ヒドイのよ、聞いて、聞いて、聞いて〜」
 愛は誠の胸に抱きついて泣き始めた。さすがにこの二人だから冷やかす者はいないが、興味津々の視線が集まる。
 とにかく近くの教室に連れていき、中にいた生徒を追い出して話を聞いた。
 「あのね、私が花ちゃんに、まこちゃんは世界最強だと言ったの。そうしたら、花ちゃんね、花ちゃんの結婚相手は世界最強の人って決めてるから、まこちゃんと結婚するって言うの。まこちゃんは私の婚約者でしょう?駄目って言ったら、とるって・・花ちゃん大事な親友だし、まこちゃん大好きな婚約者だし、私どうしたらいいの?」
 「天と地がひっくり返っても花子と結婚する気はない!」
 思わず叫んだが、一言抜けていた。愛お嬢様とも・・
 「うれピー、やっぱり友情より愛が強いのよね。だって私、愛だもん。お父様が友子なんてつけていたら負けたかも。よ〜し、花ちゃんに宣戦布告してこよ〜っと。私の私の彼は〜まことちゃん〜♪」
 おそらく読者は知らぬ廃盤ソングを口ずさみ飛び出しかけて、愛の足が止まった。
 匂いが流れてくる・・この匂いは・・・
 愛は夢遊病者のように匂いに誘われ、英会話部室に入っていった。


(5)


 部室の中にいたのは、伊達と吉沢。そして机の上に湯気をたてているラーメンが・・
 「いいんだよ、遠慮しないで食べたまえ。有馬愛くん」
 笑いを噛み殺したような伊達の言葉に、愛はラーメンを口に入れた。
 「これは・・」
 夢中で食べる愛を伊達と吉沢が満足げに見ている。
 「丸月の特製ラーメン・・」
 恍惚として食べ終わった愛の呟きに伊達は立ち上がった。
 「そうだ、これで契約は完了した。久留米は私の物だ」


 突然、久留米地方は闇に包まれた。
 伊達と吉沢は悪魔の姿に戻り、きょとんとしている愛を見つめる。
 部室に、異常を感じて誠と凛が躍りこみ、魔王子とビレトの姿に息を呑む。
 「契約者の関係者である二人以外は、すべて眠らせている。有馬愛、よもや10年前の契約を忘れたとは言うまい」
 「え〜と・・忘れた・・」
 背中の蝙蝠の羽根を広げていた魔王子はちょっとバランスを崩しかけたが、すぐに立ち直る。
 「では、思い出させてやろう。みいっつのおねがい、きいて〜、きいてあげ〜た〜ら〜♪」
 今度は魔王子と愛以外の3人がバランスを崩しかけたが、愛は嬉しそうに頷いた。
 「あ〜、そうだ、あの時の悪魔ちゃん。お久し振り〜ね、あなたとわたっし♪」
 「ともかく・・お前は言った。大好きなお姉様の病気を治して、これが一つ。まこちゃんがなりたがってるから世界最強の男にしてあげて、これが二番目。そして最後が、美味しかった頃の丸月ラーメンが食べたい、だ。三つの望みを叶えたら代償に何でもあげると誓っただろう。その契約に基づき、久留米を魔界の領土とする」
 高らかに宣言する魔王子、しかし観客は首をひねっていた。


 「まずね、10年前だと愛ちゃんは5歳でしょう?契約には親権者の同意が必要だわ」
 冷静さを失わぬ穏やかさで凛が聞く。
 「魔界の契約では年齢の条件をつけていない・・」
 「私、不治の病が止まってるけど、治ったとは聞いていないわ」
 「治らないから不治の病だろう・・病気の進行を止めたんだから結果は一緒だ・・」
 誰も納得した表情を見せていなかった。
 「世界最強の男になったと言うけど、花子に勝てるのか?」
 誠も首をひねった。
 「男では世界最強だ・・」
 いささか自信なさそうな魔王子の答え。逃げ口上ってのは、魔界でも同じようだ。
 「この丸月ラーメンだけど・・少しだけ違う・・隠し味が弱いのよね」
 愛もドンブリを物足りなさそうに見ながら文句を言う。
 「お前なぁ・・どれだけ苦労したと思う?丸月の親爺は死んでるし、過去から転移すると、あれって次元空間を抜けるからラーメンが延びちゃうんだ。魔王宮の調理師を総動員して再現したんだぞ、少しぐらい我慢しろ!」
 「あの・・魔王子様・・」
 恐る恐るビレトが口を挟んだ。
 「何だ、お前まで文句があるのか!」
 「いえ、その、やはり嘘つきは政治家の始まり、何だか小泉首相の答弁のようで・・」
 「うるさい、俺が法だ、俺が正しい!」
 思い切り虚勢を張った魔王子だったが、入口に現われた花子を見て顔色を変えた。


(6)


 「何だぁ、私だけのけものにして〜、探したのよ〜」
 「何で・・お前は起きている・・」
 出来たら死んで欲しくて他の10倍は瘴気を当てた筈だ・・
 「仕方がない、邪魔者は消す・・先手必勝!」
 魔王子の鉄でも溶かす赤眼光線、軽く避けた花子だったが、連続攻撃で退き、光線で溶けた窓から外へ飛び出した。
 「逃がすか!」
 追う魔王子、しかし下で待ち伏せしていた花子に翼を掴まれ、砲丸投げのように振り回される。
 「どちらが出てもオリンピックでは優勝候補だわ」
 凛お嬢様が嬉しそうに頷いた。


 誠の判定では、四分六で花子が有利だった。魔王子が空に逃げても弾丸より早い花子の石礫が飛んで来る。
 「お前は・・何者だ・・」
 「はなちゃんで〜す♪」
 ボロボロになった魔王子に花子の余裕は変わらない。しかし、魔王子には最後の切り札があった。
 「まさか、魔王子様はあれを!」
 ビレトが魔王子のポーズを見て驚きの声を上げる。
 「何だ?あれって」
 誠が聞き返した。
 「魔界円月殺法、あまり危険な為に禁呪となっています。あの技には、たとえ魔王でもただでは済みません」


 「血、坤、死、妖!」
 指先を頭上からぐるりと一回転させ、また頭上に戻した時、魔王子は気合を込めて禁呪を唱えた。
 襲いくる稲妻のシャワー。上から横から禍々しい光が花子を襲う。
 終わった。
 魔王子は肩で息を吐いた。
 もう、骨の欠片も残らぬ。
 人間相手に最強魔法を使ったのだ。
 謗りは免れぬが、これしかこの少女に勝つ方法はなかった・・

 
 「凄〜い、さいこぉ〜!」
 何?
 「痺れたぁ〜、愛ちゃ〜ん、聞いた〜!私、結婚申し込まれちゃった〜!」
  「結婚、するって、ほんとで〜すか〜♪」
 愛の廃盤ソングがいっそう魔王子を混乱させる。何のでこうなる?
 「うん、だって地球の〜男に〜飽きたところよ♪」
 朱に交われば赤くなるって言うが、この二人は最初から真っ赤だもんな・・花子の廃盤ソングに数十回目の溜息を誠はついた。


 いやだ・・もうこの女とは関わりたくない。もう二度と人間界になんか来るものか・・
 敗北感と押しかけ女房の恐怖に魔王子は怯えた。
 帰ろう・・魔界に・・平和が一番だ・・
 魔王子は英会話部室に転移した。


(7)

 
 「駄目よ、ダーリン。ちゃんと返事きいてくれなくっちゃ〜」
 「何でお前がここにいる!」
 転移したのに、目の前にいるのは恐怖の花子。
 絶望で魔王子の腰が砕けた。
 「私、OKよ。白馬じゃないけど、王子さまだもんね〜」
 「待て・・一体、お前は何者だ?」
 迫り来る花子の小柄な身体がドラゴンより大きく見える。
 「お父さんとお母さんに反対されるかな〜、いえ、愛は勝つ♪」
 「悪魔の話を聞けよ・・」
 もう涙声だった。


 ************************


え〜と、ここで花子は自分の正体を明かす訳です。
「世界を我が手に」を読まれてない方の為に・・


NASAのスーパーコンピューターのマザーは自己改良で
意識を持ち、世界の陰の支配者に田中一郎を仕立て上げて
実質は世界を支配しています。


田中一郎の娘、花子は生れた時からマザーの教育を受け、
何処にいてもマザーの支援を受けられた訳です。


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 「それでね、マザーから久留米で時空の歪みがあるから調べてって頼まれたの」
 「つまり、魔法が科学に負けたわけだ・・」
 恐るべし、スーパーコンピューター。この仇はきっと・・誰かがとってくれる。
 「あら、夫婦になるのに勝ち負けはないわ。安心して、悪魔だからって偏見はないの」
 襲いくる花子の唇から魔王子は素早く身をかわした。
 「この部室は魔界に繋がっている。俺が閉じれば、いくらお前でもついて来れない。今度こそさらばだ」
 魔王子は空虚な笑いを響かせて転移しようとしたが・・
 「ビレトさ〜ん、どうやったら魔界に行けるの〜」
 花子の呼びかけに、後ろにいたピレトはクリスのポスターを指差した。
 「あの・・そっちの壁が実は出入り口になっています・・」
 「ビレド、裏切るのか!」
 愕然とする魔王子。
 「だって・・魔王子様より花子様の方が怖いんですもの・・」
 「行くわよ〜、緊張するなぁ、ご両親にちゃんと紹介してね〜」
 真っ直ぐ魔王子の胸に飛びこむ花子、避けきれずに二人は壁の中・・
 「やめろーーー!」
 後には魔王子の絶叫が残る・・


 終章


 魔界では結婚式と同時に、魔王が魔王子に王位を譲った。
 魔界史上最強の魔王妃がここに誕生する。
 晴々と嬉しそうな魔王妃と、絶望のどん底で何とか逃げようとあがく新魔王の結婚式は長く魔界の歴史に残るだろう。


 久留米でも誠と愛の婚約が正式に決まった。
 誠には代々の義務として有馬家の家族を守らなければならず、目が離せない以上、これしか解決方法がない。
 「わ〜い、私も花ちゃんに負けず幼な妻だよ〜ん!私の髪が〜肩まで伸びて〜♪」
 世界で一番強い男は巻き添えで退学させられ、世界で一番多忙な始末屋となる。


 「ぐすん、みんないなくなって、次のオリンピックに誰が出るのよ〜!」
 最初の作者の構想ではヒロインの筈だった凛は、理事長室でケンカドーの人選に悩んでいた。