「宇宙を我が手に」


 鈍い闇で空も地も捻じ曲がり、大気ではなく重い液体に満ちている。仄かな明かりは、植物や昆虫に似た異形の放つものであり、耳障りな呻きが常に轟いていた。そんな中を歩くというより泳ぐように前に進む二人の男。この世界では、彼らこそ異形であろう。
 一人はフード付きのマントを身にまとい、手には特製の杖を持っている。ハリー・ポッターの杖より高性能と言っているが、真偽は判らない。もう一人はTシャツにジーンズの軽装だが、背中に長い剣を担いでいた。魔界倉庫から持ち出した「斬神剣」である。


  (来るぞ)
 黒づくめの男が、進む手を止めて見上げた。
  (今度は何だ?)
 もう一人の若者が背中の剣を抜く。
 (どうやら、クトゥルーだな)
 (烏賊かぁ〜、ラーメン喰いたい〜)
 (贅沢言うな、それなら細切れにしてイカソーメンを作れ)
 

  強烈な異臭と共に、二人の前を巨大な影が塞いだ。頭部は烏賊に似て、無数の腕に尖った爪、背には翼を持つ怪物。


 (蛆虫ドモ、我コソハ古代神ノ王、ク・・)
 精神波動で圧しようとする怪物に最後まで言わせず、黒づくめは呪文を投げた。
 (砥・魔・霊)
 若者が飛び上がり、剣を振るう。
 (真空斬り〜、あんど稲妻返し〜)
 雷鳴が響き、クトゥルーの影は幾万の破片となって崩れ落ちる。


 (さて、どう料理するか・・ソーメンと言っても、この前は刺身で不味かったな〜)
 (吉野屋の牛丼、喰いたい〜)
 (うるさい、これだから貧乏人は嫌だ・・せめてスカイラークのサーロインくらい言え)
 黒づくめが魔法杖を破片に向ける。
 (即・煉・磁)
 チーンと言う音と共にクトゥールの肉が焼きあがった。
 (焼きそばというより、焼きうどんだな〜)
 剣士がつまみ、口に入れて顔をしかめる。
 (やっぱ煮ても焼いても生でも・・)
 (愛の料理よりはマシだ)
 (思い出させるな、吐いてしまう・・それにしても異次元征服ったって、こんな世界に魔界の連中が移住するかな・・)
 (マコト、異次元について何を知ってる?)
 (えっと、手塚先生によれば、確かゼロ次元は点、一次元は線、二次元が平面、三次元で立体になって、四次元以上は時間が絡むんだよな)
 (そう、この世界と我々の世界では時間の流れが違う。ここであと半年我慢すれば、元の世界ではウラシマ原理で7年が経過してるのだ。7年と言えば、失踪が認められる。俺達の結婚もチャラになるんだ)
 (つまり、愛お嬢様と・・)
 (俺は、花子と縁が切れる・・)
 二人は顔を見合わせてニヤリと笑い、不味いクトゥールうどんを食べ始めた。


 (しかし、その前にここが、あの二人にばれたら?)
 (異次元は時間と同じく無限に存在する。いくら花子でも無理だ。そして、こちらからは様子を見ることが出来る。地球観察用魔法玉があるからな)
 黒づくめは、マントから水晶球を取り出してマコトに見せた。
 (おぃ、何か様子が変だぞ・・)
 (あ、もしかして地デジに全面切り替えをやられたかな・・)


 その日、地球の上空は北半球が赤い円盤、南半球は黒い流星形宇宙船で覆われていた。
 「地球原住民諸君、我々はアンドロメダ「力がすべて帝国」である。ただいまから太陽系は戦場となるが、諦めて快く滅亡して欲しい」
 「発展不能第三惑星の皆様、私達は反アンドロメダ「愛は勝つ共和国連合」です。申し訳ありませんが、太陽の破壊をご了承願います」
 二種類のメッセージが全人類の脳に直接響いた。


 「おい、連合総裁、地上からの回答がないぞ」
 「どうやら、地球の未開人は受信だけで送信能力がないのね。どうする?帝国皇帝さん」
 「塩っぽい水と土だらけの無価値な星だが、宇宙協定に則った対応を残さないと後で議会がうるさい。直接、代表と交渉するか」
 「太陽を破壊した方が勝ちだから、どっちみち滅びるんだけどね。時間と場所は?」
 「そうだな、スカタン島で1時間後に代表会議を行うことにしよう」
 「あら、着替えと化粧に時間がかかるわ。3時間後にして」
 「誰に見せるんだ・・それじゃ間をとって2時間後」
 「了解〜」
 「では、地球人代表も遅刻は厳禁である、調査によると某地域では1時間分遅れが常識だものな〜電源オフ〜」


 「あの・・スカタン島って何処にあるんだ?」
 国連総長の疑問に応える通信はなかった。


 太平洋のクリスマス島より千キロ離れた海上に浮かぶ赤道直下のスカタン島。日本の巨匠円谷英二が「ゴジラとミニラとモスラとキングギドラのクリスマス大決戦」の舞台にしようとした無人島である。アメリカ政府からキングコングの参戦を要求され、それじゃ定員オーバーのエレベーター状態になると中止に至った、福岡人工島より小さな島だ。


 上空から赤い円盤が着陸する。その大きさは、スカタン島の右半分を占めた。ピンクの色のエスカレータ式タラップが現れ、降りてきたのは・・覆面をして露出の多い黒のレーザー服の女性。
 「お前は、ヤッターマンのドロンジョか・・」
 島の左半分に巨大な作業服の人物が登場し、呆れたように女性に呟いた。
 「違うわよ、キャットウーマン!ハル・ベリーはオスカー女優なんだから〜」
 「映画ファンしか知らないネタやな〜」
 「あんたこそ何よ!赤井秀和の蟻さんマークの引越しCMなんて、地方限定じゃない?」
 「真面目ですから〜、地球代表は遅刻か?」
 「おそらくね、空にも海上にも気配はないわ」
 「では、交渉権放棄だな、カウントダウン、5、4、3」
 「お待たせ〜」
 突然、巨大赤井秀和の横にどこでもドアが現れて開き、黒づくめの少女が出てきた。


 「何だ、お前は?」
 「魔界のスーパーアイドル、美少女代表の花ちゃんで〜す」
 「ちょっと待って〜、プレイバック♪なんであんたが代表なの〜」
 ドロンジョの横にもスコップを持ったミニスカート少女が地中から出現する。
 「あなたは・・」
 「有馬家代表、愛ちゃんで〜す」


 「何が有馬家よ、周辺の町村を拝み倒して、やっと30万で中核都市とか威張ってる田舎にある忘れられた城の神社の床下の捨て猫娘が〜」
 「あ、50年の歴史を誇る有馬記念を知らないな〜、競馬界の最高G1レースなのに〜」
 「大体、あんたは三流忍者の服部誠に嫁入ったんじゃない、何で今更代表よ〜」
 「仕方ないじゃない〜、お父上はマナカナの区別つかないくらいボケたし、お姉さまは病弱なんだから〜」
 「ボケって差別用語よ、認知症って言うんよ、い〜けないんだ〜いけないんだ〜」
 「認知できないからボケじゃん、何で不認知症って言わないのよ〜おかしいじゃない〜」
 「知らないわよ〜、そんなこと〜」
 「知らないで言ってるんだ〜、知ったかぶり〜」
 「この〜出戻りの化け猫〜」
 「あ〜、こそ泥の怪物娘〜」
 「こそ泥って、、パパは職業に貴賎はない主義なの〜、実は地球の蔭の支配者なのよ〜」


  『意味の判らない人は、「世界を我が手に」から読んでください〜(^^;;』


 (何だ?マナカナって)
 (子役からNHKに出てる双子)
 (魔界では受信料払ってないからNHKは観れない。どうやって区別する?)
 (マナと呼んで、返事しなかった方がカナだ)


 「あの・・二人とも代表ということで・・会談に入らないか?私は宇宙の半分を支配するアンドロメダ皇帝・・」
 「誰でもいいから、私のマコトちゃん、知らない〜?」
 「マコト?」
 巨大赤井秀和は、戸惑った表情でキャットウーマンの横にいる愛を見た。
 「あたしのダーリンも行方不明なのよ〜、探して〜」
 「ダーリン?」
 キャットウーマンも意味が判らず、巨大赤井秀和の横にいる花子を見る。
 「ええ、魔王よ〜、強いんだから〜、私の次に〜」
 「何が魔王よ〜、馬鹿高い即席カップメンじゃん、作るの面倒だし〜」
 「それは、ラ王でしょう〜」
 「私のマコトちゃんは、世界一強い男なのよ〜、絶対に目立つわ〜」
 「何が世界一よ、私なら片手で3分よ〜」


 (過大評価だ、花子ならお前を小指一本、1分で片付けられる)
 (否定しないが、ラ王は何分?)
 (仮定の話題はスルーしよう・・・)


 「お前ら、いい加減にしろ!」
 巨大赤井秀和は、果てしない二人の口げんかに苛立ち、世界タイトルマッチで通用しなかったパンチを花子に繰り出した。
 「うるさい〜、邪魔するな〜」
 ヒステリー状態の花子に敵う筈がない。1秒間に120発のパンチキックを浴び、巨大赤井秀和は34メートル飛ばされて赤い円盤に衝突して落ちてきた。上空に待機していた流星型宇宙船の一機がきりもり状態で海中に墜落する。
 「何で・・・空間投影立体画像だったのに・・」
 本体の乗っていた旗艦の最後を見つめ、もう巨大ではなくなった重傷の赤井秀和が呟いた。
 「見えるものは存在するのよ、マルヨシの唯物史論を知らないの〜」
 「ははは、マルヨシだって、それはとんこつラーメン屋じゃないの〜、無知〜」
 笑い転げた愛の足が、円盤から出ていたタラップを蹴った。円盤はきしみ、歪んで爆発した。
「ビックバンにも耐える超合金が・・」
 強烈な爆風は呆然と座り込んだドロンジョのレーザー服を千切り飛ばし・・・


 「もう我慢できない、決着をつけましょう!」
 「望むところよ、あんたとラ王がマコトちゃんを苛めて追い出したんでしょう〜」
 「あんたのマコトが、私の大事なダーリンを連れ出したのよ〜」
 花柄パンツが見えるのも気にせず突っ込む愛、ウルトラマンシュワッチスタイルで迎え撃とうとする花子・・突如の地震に怯え、キャットウーマンと赤井秀和は抱き合った。


 (魔王・・これは・・もしかして・・)
 (うむ、半年我慢する必要なくなるかも・・)
 (二人が衝突すれば・・)
 (さすがの花子のバリヤーも愛の問答無用破壊キックなら・・)
 (愛の無邪気攻撃も、花子の非常識パワーなら・・)


 「共倒れ!」
 「相討ち!」


 二人の強烈な歓喜の叫びは異次元の濃厚エネルギーに感応し、魔法珠から漏れ出た。


 「と・・も・・だ・・」
 「ダーリン!」
 「あ・・い・・」
 「マコトちゃん!」
 愛と花子は、衝突寸前で動きを止めた。


 「愛ちゃん、ダーリンが友だって。そうよ、ダーリンと誠さんは仲良しこよし、私達だって高校でいつも一緒にトイレに行った、無二の親友じゃないの!」
 「花子ちゃん、マコトちゃんがあたしを呼んでるわ、あいって・・あたしに会いたくて叫んでるのよ〜」
 「まかせて、声の方向にダーリンがいる」
 花子は両手を虚空に伸ばした。その手は魔法珠を突き破って、魔王と誠の襟首を掴んでいた。
 「ぎゃ〜」
 次の瞬間、魔王は花子の抱擁で肋骨が砕け、誠はキスと愛がのたまう顔嘗め回しで呼吸困難に陥っていた。


 「ダーリン、新妻のわたしをほったらかしにして、何処に行ってたの!」
 「いや・・だから・・魔界の人口問題を解決する為に異世界開拓を・・」
 「マコトちゃんは?」
 「その・・自分の未熟さを痛感してさ〜、修行の旅だよ〜」
 花子と愛は顔を見合わせた。
 「それなら、異世界に行かなくてもアンコモチとかいう帝国があるんですって。せっかくだから頂いちゃいましょう」 
 花子の言葉に、ノックアウト状態の赤井秀和が目覚めた。
 「質より量で、空の宇宙船と戦わない?修行になると思うわ」
 愛の言葉に、見えそうで見えない布切れに覆われたドロンジョが震えた。
 「仕方ない、空の宇宙船、全部やっつけてやる〜」
 「俺にもやらせろ〜お前は黒を落とせ、俺は赤をやる」
 「あ・・・ちょっと待って」
 赤井秀和とキャットウーマンは瀕死の重傷ながら、空を見上げて通信を行った。次の瞬間、全部の宇宙船から、白い布が地上に舞い落ちる。
 「何だ、こりゃ・・」
 誠が一枚を拾い上げてキャットウーマンに聞く。もちろん、視線は顔より・・
 「降伏の白いハンカチ・・」
 

 全宇宙が花子と愛の軍門に降った。