○観音屋敷・克己の部屋

 朝、荷物を整理している克己。開いた窓から景色。ドアをノックする音。

克己「どなた?」

ドアを開けると、幸子が笑顔で立っていた。

幸子「朝食の準備が出来ました〜」
克己「はい、行きます」

 幸子と一緒に克己、廊下に出て1階に降りる。

幸子「よく眠れましたか〜」
克己「ええ、生き返ったみたい」
幸子「よかった〜食事が終わったら〜かのさんが〜観音湖を〜案内するそうです〜」

 克己、困惑した表情。

克己「それは・・ご迷惑だし・・」
幸子「こちらにどうぞ〜」

 食堂、10人ほどが他のテーブルで賑やかに食べている。幸子が案内したテーブルに一人分の和食が置いてあった。箸をつけて食べると、他のテーブルが静かになる。そちらを見る和巳。

若者A「うちが作った米や。うまいやろ」
若者B「卵は牧場の産みたてやで〜」
若者C「ミソは」
幸子「あんたら〜うるさい〜旦さんのお客さんなんよ〜」

 克己、若者達ににっこり笑う。

克己「どれも、とっても美味しいわ」
幸子「料理したのは〜私です〜」

 幸子、胸を張る。

○観音屋敷のロビー

 藤崎が新聞を読みながら一人コーヒーを飲んでいる。食堂から克己が入ってくる。

克己「おはようございます」
藤崎「おはよう。朝食はどうだった?」

 手で前の席を勧める藤崎。克己が座る。

克己「こんな美味しい朝食は初めてでした」
藤崎「それはよかった。夕食も牧場の肉が出ますから期待していいよ」
克己「いえ、司葉さんと奥様に挨拶して午後は旅に戻ります。午前中はお言葉に甘えて湖を散策したいと思いますが」
藤崎「それは残念。私は暫く居るから、話し相手がいて助かったのに。そうだ、暇な時に読むといい。あげるよ」

 藤崎、読んでいた本を克己に渡す。克己が表紙を見ると、「真実は一つ、負けない女」作者、大場恵子弁護士。

藤崎「元大学の教え子でね、グループの顧問弁護士の一人だ。無料贈呈
の本だから気にしないでいい」
司葉「まだいたのか」

 自分に言われたのかと思って、驚いた顔で克己は入ってきた司葉を見るが、司葉は藤崎を見ている。

藤崎「今回はお許しが出たはずですが」

 司葉、克己の横に座る。

司葉「ほら、小切手だ。さっさと帰って・・早目に約束の物を持って来い」

 藤崎、小切手を受け取るが、不貞腐れている。司葉はにこやかに克己を見る。

司葉「おはよう、気分はどうかな」
克己「おはようございます。おかげさまで」
司葉「そうか、わしも寛いで寝坊してしまった」
藤崎「エロジジイ」
司葉「何か言ったか?」
藤崎「いえ、NG、橋本さんは午後に旅立つと言ってますよ」
司葉「何か気に触る事でもあったかな?」
克己「とんでもない。でも、こんなにお世話になる理由がありませんから」
司葉「由里が一緒に散策するのを楽しみにしている。あいつは、湖の自慢をしたいんだ。付き合ってやってくれないか」
藤崎「私も一緒に」
司葉「ヤ〜ブ〜サ〜ギ〜」
藤崎「はいはい、邪魔だから早く帰れですね。由里さんも寝坊ですか?」

 司葉、咳をする。

司葉「いや・・・着替え中だ。克己さんも、山道があるから歩きやすい服装がいい」
克己「わかりました、着替えてきます」

 克己、立ち上がる。

○観音湖湖畔

克己と由里が並んで歩いている。

克己「とても素敵な所ですね。空気もおいしい」
由里「生まれてから、観音湖に住んで尾仁村しか知らないの。母も、祖母も。テレビで見ると、日本には綺麗な所がたくさんあるけど・・私にとってはここがすべて」
克己「街を見たいとは思わないのですか?」
由里「全然。健さんが衛星放送を入れてくれて、世界を知る事が出来るようになったわ。でも外の世界は恐いし・・私はここに縛られてるの。いえ、違う・・この土地に守られてる」
克己「あの・・どうして司葉さんと結婚されたのですか?」
由里「好きになったからじゃおかしい?」
克己「いえ・・」
由里「開発計画は村の人から聞いていた。計画が進めば観音湖の自然は死に、観音湖が死ねば私も生きていられない。薬草摘みをしていた時、健さんに会いました。計画の張本人とは知らず、好意を持ってしまって・・湖の事、私の事を話したわ。健さんは、命に代えて私を守ると言ってくれた」
克己「すみません、立ち入った事を聞いてしまって」
由里「克己さんは、私が嫌い?」
克己「とんでもない。憧れます」
由里「友達になってくれる?」
克己「勿論です」
由里「それじゃ、すぐに出て行くなんて言わないでね」
克己「あ・・でも・・」
由里「そうね、連休はお客様が多くて忙しくなるわ。友達として手伝っていただけない?」
克己「私でよければ、喜んで」
由里「じゃ、友達の証として・・私の秘密を教えるわね」

 由里、克己の手をとって、自分の頭を触らせる。

克己「これは?」
由里「角よ。私は鬼なの」
克己「でも・・そんな・・」
由里「嫌いになった?」
克己「いえ・・もっと好きになりました」
由里「ありがとう・・あら?さっちゃんだわ」

 幸子、泣き顔で由里の方に駆け寄る。

幸子「かのさん〜、大変です〜、祐さん達が押しかけてきて〜」
由里「牧場の子ね」
幸子「村長じゃ話にならないからって〜ミュウががどうとか〜」
由里「ミュウ?」
克己「あ、昨日の寄り合いでの話しですね。村長さんから聞きました」
由里「克己さん、知ってることを教えて。さっちゃん、今はどうなってるの?」
幸子「広間で〜旦さんが怒鳴ってます〜私〜役立たずで〜」
由里「大丈夫。心配しないで」
幸子「お父さん、村長をやめさせられる〜」

 三人、観音屋敷への道を急ぎ足で戻る。


○観音屋敷、広間

20人くらい集まった若者を前に、司葉が怒っている。

司葉「勝手な事ばかり言うな!採算のとれん事業に投資はせん。お前達の計画は穴だらけだ」
祐太「やってみないとわからんが〜」
若者B「資本家横暴、ストライキやるぞ〜」
若者C「あんたが協力せんなら、村の金があるさ〜」

 由里を先頭に、克己と幸子が食堂に入る。由里、克己に耳打ち。克己、幸子を促して外に出る。

祐太「あ、かのさん。話を聞いてください〜」
由里「大体の事は判りました。祐太君、貴方はミューの肉を毎日食べたい?」
祐太「それは・・」
由里「祐太君が育ててる鶏の卵は毎日食べたいわ。それから和男君、村でワインを飲む人って誰かしら?」
和男「いえ・・でも街で売れると思って〜」
由里「翔平君、貴方の作る米は日本一って自慢してなかった?」
和男「もちろん、日本一です〜」
由里「古いかもしれないけど、尾仁村は昔から自給自足を通してきたわ。でも、服は作れないし他の物は作れない。だから、村で余剰な分を売って買ってきた。村の人が喜ばない物を作るのは本末転倒よ」
祐太「でも・・村の財政は余裕があると聞きました・・」
由里「村長は不作や病気の時に備えてるの。異常気象や鳥インフルエンザで困る事もあるでしょう?」
翔平「わかりました。ミルキーはやめます〜」
由里「食堂でさっちゃんが軽い物を用意してるわ。折角来たんだから食べて行って」
祐太「はい、どうもお騒がせしました〜」

 ぞろぞろとみんな、広間を出て行く。由里、司葉の所へ歩み寄る。司葉は照れた表情。

司葉「昔はわしの一言で決着したのにな」
由里「ごめんなさい。出しゃばって」

 二人、見つめ合って笑う。

○食堂

 テーブルの後片付けをしている克己。幸子は厨房で泣いている。由里、食堂に入ってきて幸子に気づき、克己を呼ぶ。

由里「どうしたの?さっちゃん」
克己「わかりません。みんなが帰ってから、ずっとあの調子なんです」
由里「感じやすい子だから・・みんなに責められてるようでショックだったのね」

 由里に気づいた幸子、涙を拭いて二人の方に来る。

幸子「かのさん、ごめんなさい〜克己さん、ごめんなさい〜」
由里「さっちゃんが気にする事ないの。連休まで家に帰って休んで」
幸子「でも〜でも〜」

幸子、べそをかく。

由里「大丈夫、克己さんが手伝ってくれるから。さっきの件でお父さんが来るわ。話が終わったら一緒に帰って。ここはいいから、準備しなさい」
幸子「はい・・わかりました〜」

 幸子、うつむいて出て行く。

○尾仁村の道

 自転車の克己。車が彼女の前で止まる。窓から顔を出したのは藤崎。

藤崎「やぁ、元気そうだね」
克己「この前はお世話になりました。藤崎さんは観音屋敷に?」
藤崎「うん、どうもあそこが自分の家に思える。町に帰っても落ち着かない」
克己「由里さんの顔が見たいんでしょう」
藤崎「ハハハ、図星。どうせ二人でいちゃついてるだろう」
克己「そうですよ。いやじゃないですか?」
藤崎「いやいや、それをからかうのも楽しみさ。どちらにに?」
克己「郵便局です。司葉さんに頼まれて」
藤崎「さっちゃんは?」
克己「休暇でお姉さんの家ですけど、明日は屋敷に戻ってきます」
藤崎「よっちゃんのとこだな。村長の娘は三人で、上の二人も前は屋敷に勤めていた。結婚して順繰りにやめ今はさっちゃんなんだ。村長はさっちゃんに婿をと願ってる」
克己「さっちゃん、好きな人がいるのかしら」

 対向車が来る。狭い道なので、藤崎が車を脇に寄せる。

藤崎「どうだろうね。おそらく縁談の話が嫌で、よっちゃんのとこに逃げたんじゃないかな。じゃ、後でまた」
克己「はい」

 藤崎の車を見送り、克己は自転車に乗る。

○観音屋敷、ロビー

 夜、寛いだ雰囲気。4人がコーヒー、お茶を飲みながらケーキを食べている。

藤崎「大場弁護士は仕事が忙しいということで・・」
司葉「資格停止をくらってるオバケが忙しいわけないだろう」
克己「資格停止?」
藤崎「本を読んだなら、どういう女性か見当つくと思うが・・法廷で痴漢を否定していた依頼人を嘘つき呼ばわりしてね〜」
司葉「正義感はいいが、立場もあるだろう」
藤崎「まぁ今は・・サイトの事案もありますから」
司葉「四葉のクローバーか。克己さん、パソコンが出来るかな?」
克己「はい、仕事で使ってました」
藤崎「仲間と共同でやってる相談サイトなんだ。法律が絡む場合は大場弁護士、精神医学の内容は博士の私、病気で苦しんでいる人は歌手のカオル君、身体的コンプレックスは九州に住んでいるマコト君」
克己「カオルさんが仲間なんですか?」
司葉「言ってなかったな、カオルの音楽事務所は明正グループだ」
克己「じゃ、カオルさんが歌を贈った友達って、藤崎さんだったですか」
司葉「まさか。マコト君だよ、相手は」
藤崎「まさかはないでしょう。まぁ、頼れる年長者役になってますがね」
由里「私もパソコンを始めようかしら。カオルちゃんやマコトさんとチャットしたいわ」
藤崎「私が手取り足取り教えます。何と言っても元教授」
司葉「まずわしに教えろ。それからわしが由里に教える」
藤崎「女子大教授ですから・・」
司葉「セクハラで訴えられたよな」
藤崎「あれは、純粋に、スキンシップによる異性間の感情変移を実験したわけで・・」
由里「あら?」

 気配に気づいて、由里が立ち上がり玄関の方に行く。荷物を持った幸子がしょんぼりと立っている。

由里「さっちゃん、明日からよ。仕事は」
幸子「すみません〜でも〜でも〜」

 泣き出した幸子の肩を克己が抱いて支える。

克己「部屋に連れていきます」
由里「ええ、お願いね」

廊下を曲がる二人を、三人が見送る。

藤崎「縁談で村長と喧嘩して飛び出して来たんでしょうね」
司葉「まだ結婚は早いと思うが、口出しはどうかと思うしな」
由里「ここは、克己さんに任せましょう」

 三人、ロビーに戻る。

○幸子の部屋

 克己、泣いている幸子を座らせる。

幸子「すみません〜すみません〜」
克己「縁談は嫌な相手だったの?」
幸子「祐さんです〜」
克己「あら・・祐太さんじゃ駄目?他に好きな人がいるの?」
幸子「大好きです〜祐太さんが相手と判って嬉しかったです〜」
克己「それじゃ・・どうして泣いているの?」

 幸子、克己の前に手をついて頭を下げる。

幸子「お願いです〜、屋敷から追い出さないでください〜」
克己「誰も、幸子さんを追い出したりしないわ」
幸子「私〜頭が悪くて〜役に立たないから〜やめさせて〜克己さんが〜代わりに〜」
克己「誰がそんな事を・・」
幸子「お父さんも〜お母さんも〜ちい姉さんも〜そう言うんです〜だから〜お父さんが〜村長してる間に〜婿をもらえって〜」
克己「誤解よ。私はたまたま司葉さんと知り合って、お世話になっているだけ」
幸子「何でもします〜お手当てはいりません〜克己さんの下働きでいいです〜ここに置いてください〜かのさんの世話をさせてください〜」

 幸子、泣きながら克己の膝にすがりつく。

克己「でも、祐太さんとの縁談はどうするの?」
幸子「祐さんは好きですが〜観音屋敷はもっと好きです〜」
克己「私がここにいるのは連休が終わるまで。由里さんとはそういう約束なの」
幸子「本当ですか〜私〜ここにいられるのですか〜」
克己「幸子さん、祐太さんと結婚しても家から通えばいいんじゃない?」

 幸子、驚いて目を丸くし、克己を見つめる。

幸子「おお姉さんも〜ちい姉さんも〜結婚したら〜仕事をやめました〜私も〜やめないと〜」
克己「そんな事ないわ。私から由里さんに頼んでみます」
幸子「でも〜かのさん〜怒りませんか〜」
克己「怒るわけないわ。由里さんも幸子さんが大好きなんだから」
幸子「もし〜そうなったら〜とても幸せです〜」

 克己、抱きついてきた幸子の背中を優しく撫でる。

○観音屋敷

 玄関周辺を清掃している克己、駐車場の木陰にいる私服の祐太を見つけて近づく。祐太、逃げようとするが、諦めて克己に向かう。

祐太「どうも」
克己「おはよう。幸子さんを待ってるの?」
祐太「いえ、さっちゃんは関係ないです」

 祐太の強い口調に克己は笑顔を消す。

克己「そう」
祐太「あっ、克己さんには迷惑かけました。かのさんにお願いしてくれて、ありがとうございました」

 祐太、直立不動になって克己に頭を下げる。

克己「気にしないで。幸子さんには私こそお世話になってる」
祐太「目障りでしょうけど、訳ありなもんで見逃してやってください」

 祐太、深く頭を下げてから硬い表情で背を向ける。訝しげな表情で克己は玄関の清掃に戻る。

○食堂

 テーブルを拭いている幸子。克己が入ってくる。

克己「外は終わったけど・・祐太さんがいるわよ」

 幸子、驚いた様子で克己を見る。

幸子「祐さん〜何か言いました〜」
克己「いえ、挨拶だけ。でも話し方が祐太さんらしくなかった。何か問題があるの?」
幸子「わかりません〜祐さん〜結婚の話は〜待ってくれって〜」

 幸子、悲しそうに俯く。

幸子「私のことは〜好きだと〜ここで働くのも〜かまわないと〜でも〜」
克己「でも?」
幸子「けじめ〜つけるって〜」
克己「けじめ?何の?」
幸子「わかりません〜でも〜祐さん〜恐い顔で〜私も〜恐いです〜」

 厨房の通用口に野菜を持った若者が見えて、克己、そちらに移動する。

○1階の廊下


 奥から出てきた克己、食堂を覗くが幸子はいない。ロビーに進むと慎一(14)が大場恵子弁護士の「真実は一つ、負けない女」を読んでいる。慎一は小柄で小学生にしか見えない。

慎一「おばさん、ここの人?」
克己「いえ、ただのお手伝い」
慎一「そうかぁ、これ僕のママが書いた本」
克己「えっ?大場弁護士の?」
慎一「「そう、熊みたいな大男に乱暴されて僕が生まれ、ママはギャンブルと酒ばかりの甲斐性なしに騙されて結婚、その義理のパパから虐待された子供」
克己「でも、ママが離婚したから、今は大丈夫でしょう?」
慎一「それが、離婚したパパがストーカーになって。。。苦しい・・」

 後ろから根津(37)が慎一の首を絞めていた。小柄で、一目で血の繋がった親子と判る。

根津「こんにちは、橋本克己さんですね。この悪ガキの父親の根津幹夫です。会長にはネズミと呼ばれています」
克己「あの、でも・・この子のお父さんは・・」
慎一「親父、この人は・・」
根津「会長の知り合いで奥様のお友達だ」
慎一「そうならそうと・・お袋の宣伝しとこうと思っただけだって・・」

 根津、慎一の首に回した手を離し、横に座る。克己、頭を下げる。

克己「すみません、奥の掃除をしてて、いついらっしゃったのか気づきませんでした」
慎一「気にしない、気にしない。気づかれないように忍び込んだんだから」
根津「お前は一言多いんだよ!」

 根津、慎一の頭を殴る。慎一、痛そうに殴られた頭を撫でる。

慎一「機嫌悪いなぁ、会長に怒られたんか?」
根津「俺はなぁ、ちゃんと会長の指示通りにしたんだ。盗人も捕まえた。今回の事は全部あいつのミスじゃないか。なんで俺が文句言われなきゃならないんだ」
慎一「まぁ、お袋の失敗は親父が始末、夫婦の役割分担やね」
根津「夫婦って、顧客が相談しやすいようにって離婚させられたんだぞ」

 外から騒ぎが聞こえ、克己は二人に頭を下げて玄関の方へ行く。

○ 駐車場

 駐車した車に祐太が血相を変えて駆け寄る。車から長身で黒スーツの高田高志(40)が降りる。車の中には、浩志(10)と詩織(8)がいる。玄関にいた幸子が動こうとするのを克己が止める。

高志「祐太か」
祐太「俺は・・俺は・・」
高志「これから会長に挨拶だ。これ以上みっともない面を晒したくねぇ、殴るのは腹にしてくれ」
祐太「すまねぇ〜兄貴〜」

 祐太、高志の足元に土下座する。

高志「何の真似だ?」
祐太「俺は、ずっと兄貴を恨んでた〜自分が助かる為に、俺を見捨てたんだと思ってた〜街で社長してるって聞いて、必ず見返してやると〜」
高志「いいじゃないか、それで」
祐太「村長さんから婿になれって言われて〜俺、全部話した〜さっちゃんは大好きだけど〜そんな資格ない〜捨て子で〜少年院いて〜チンピラやってたって〜そしたら〜村長さん〜最初から知ってたって〜」
高志「昔は関係ない、今のお前を認めていただいたんだ」
祐太「俺が刺した相手が〜刑事だって知らなかった〜それで〜兄貴が村長さんに匿ってもらったんだって〜俺〜牛の糞の片付けばかりやらせる〜村長さんも〜あの頃は〜憎んでいた〜」
高志「あの事件は刑事の方に非はあるが、法は奴らの味方だ。それでも時効は過ぎた。お前は安全だ」
祐太「何も知らないで〜兄貴を恨んで〜あんなに世話になった姐さんの葬儀も出なくて〜兄貴〜俺を殴ってくれ〜俺を蹴り倒してくれ〜」
高志「あの村長さんの婿ってのはな、俺よりずっとずっと上なんだ。そんな偉いお前に手を上げられるか。香織も、立派になったお前を喜んでるさ」
祐太「俺は〜一所懸命働いて〜村に恩返しする〜兄貴への恩返しは〜どうすればいいのか〜教えてください〜」
高志「幸せな家庭を作ってくれ。それが俺には一番嬉しい」

 高志、車から浩志と詩織を下ろし、玄関の方に歩む。幸子が高志に歩み寄ると、高志、頭を下げる。

高志「あの馬鹿を、よろしくお願いします」
幸子「馬鹿は〜私です〜祐さんは〜とても〜賢いです〜」
高志「失礼しました」
幸子「婚礼には〜必ず〜来てください〜」
高志「もったいない。私なんかが、そんな晴れがましい席に出たら罰が当たります」

 高志が通り過ぎ、幸子は涙を浮かべながら泣いてる祐太の方へ駆け寄る。高志は克己の前で止まった。

高志「すみません。こいつらを部屋に。私は先に会長へご挨拶してきます」

 浩志と詩織の方を目で指した。

和巳「はい、わかりました」
詩織「ママの匂い」
和巳「えっ?」

 詩織、和巳の服にしがみつく。高志は怪訝な顔をするが、すぐに冷めた笑顔に戻る。

高志「車の中で寝てましたから。まだ寝ぼけてるようです。ではお願いします」

 もう一度、克己に頭を下げて、高志は玄関から中に入る。

○ロビー

 ソファーには根津、慎一、藤崎が座っている。玄関から彼らの前に来て挨拶する高志。

高志「先生、根津さん、お久し振りです」
藤崎「会長、機嫌悪いよ。気をつけて」
根津「さっき、ネチネチとやられた」
高志「叱っていただけるのは嬉しい事です」

 高志、階段を上がっていく。

慎一「親父、負けてるね」
根津「うるさい」
根津、慎一の頭を叩こうとするが、慎一は逃げる。

○広間

 座椅子に一人、司葉が苦虫を潰したような顔で座っている。入ってきた高志が、司葉の前に座り頭を下げる。

高志「お招きをいただき、ありがとうございます」
司葉「その黒服は何だ?まだヤクザのつもりか?」
高志「気に障りましたら申し訳ありません。一張羅なもんで」
司葉「香織さんの一周忌もすんだ。周囲の気持ちも考えて黒ははやめろ」
高志「すみません、我侭をお許しください」
司葉「それで、九州配送の時には作業服で名前も吉川に変えるのか?」
高志「ご存知でしたか・・」
司葉「所払いに時効はない。奴らに見つかったら俺や轟でも守れないんだ!」
高志「申し訳ありません。新型車椅子がマコトさんに合うか知りたかったんです」
司葉「命を掛けてか?マコトの家族の死もマコトの火傷もお前のせいじゃない。何度言ったら判る」
高志「その話はもう・・」
司葉「お前が九州で殺されれば、俺と轟の顔が潰れるだけじゃない。子供達はどうなる?」
高志「考えなしでした。二度といたしません」

 高志、両手をついて頭を畳にこすりつける。

司葉「お前の頑固さには負ける」
高志「申し訳ありません」
司葉「お前が死んだら、香織さんの実家も折れて子供達を受け入れると読んだか」
高志「いえ、そんな」

 由里が入ってきて、司葉の隣に座る。

由里「高志さん、もし貴方に万一の事があったら、浩志君と詩織ちゃんは私が引き取りますよ」
高志「姐さん、どうかそれだけは・・」
司葉「わしらじゃ不足か?」
高志「勘弁してください。これ以上ご迷惑をかけたら、あの世で香織に叱られます」

 顔を上げない高志、由里と司葉は顔を合わせてため息をつく。

○廊下

 広間から出てくる高志、根津が外で待っている。二人、並んで歩きながら会話。

根津「会長にコクったのは俺だ。恨んでいいぜ」
高志「とんでもない。守ってくれてたのか」
根津「それが本職だしな。あまり世話をかけるなよ」
高志「すまない」

 階段の下では克己に、詩織がスカートを掴んでまとわりついている。

○ 観音屋敷、和室

夜、卓を囲んで浴衣姿の司葉、藤崎、根津、高田が酒宴。

司葉「幸子の相手が高志の舎弟とは知らなかった。村長も水臭い。ネズミは知っていたのか?」
根津「警察絡みでしたからね。次兄に渡りをつけました」
高志「お兄さんにはお世話になりました」
根津「いや、相手は路上で猥褻行為をやったんだ。祐太が注意して逆切れ、後で叩いたら、たっぷり埃が出た。兄も同じ刑事として許せないと言ってた」
司葉「幸子も嫁に行く・・じゃなく婿を貰うんだな。ヤブサギ、もう風呂場を覗くなよ」


 藤崎、むせる。

藤崎「やってませんって〜、どうも私は誤解されてるな〜」
根津「誤解ですかね〜、素行調査しましょうか?」

 根津が藤崎を睨む。

藤崎「ここじゃ、やってない。由里さん一筋」
司葉「由里を覗いたのか!」
藤崎「そんなわけないでしょう。離れには一度も足を踏み入れてません、と言うか入れてくれない」
根津「慎一への隔世遺伝が心配だ」
藤崎「だから、違うって。私が恵子の父親である可能性なんて、一割もない。逃亡じゃなく・・留学の前日、お情けの一夜だけなんだから。当時、彼女の相手は知ってるだけでも5人いた」
根津「しかし、母親は恵子に父親の事を聞かれて、空の向こうだって答えてるんですよ」
藤崎「意味が違うと思う、おそらく・・」

 根津、藤崎から視線を外す。

根津「まぁ、可能性があるから教授は恵子を口説けず安心なんですけどね」
藤崎「可能性なくても遠慮するよ」
根津「会長の身内でなきゃ、ヤキ入れるんですがね〜」
司葉「叔父甥の縁は切ってる。だが、ここではやめとけ」

 高志、割ってはいる。

高志「あの、会長。お聞きしてよろしいでしょうか?」
司葉「何だ?」
高志「克己さんは、どういう方でしょうか。やけに詩織が懐いてしまいまして」
司葉「まぁ、縁あって・・根津、判ったか?」
根津「調査書は後で提出しますが。市役所の堅物亭主との倦怠期に、母親が遊び上手な男によろめいて妊娠し、捨てられたって図ですね。世間体を気にする亭主と、責任転嫁する母親、年が離れてて家族扱いしない兄姉。今じゃ兄嫁が家に入ってますから、確かに居場所はありません」
司葉「マンションと会社は?」
根津「隣にひねた学生が住んでましてね。かなり悩まさたみたいです。会社は冷凍食品を作ってるんですが、材料より役員が腐ってる」
司葉「ふむ、本人から聞いた内容とほぼ一致してる」
根津「ただ・・どうも」
司葉「何だ?」
根津「調査の印象は陰気で頑な女性。今の克己さんと一致しない」
藤崎「ちょっと人見知りな所はあったなぁ」
根津「本人の心の中までは調べられませんから。会長も最近は元気がなくて心配いたしました」
司葉「いや、この年になると、死が身近でな。山寺を回って信仰を考えてみたくなった」
根津「へぇ、会長でも神仏を」
藤崎「不能明王とか」

 根津は意味が判らず聞き逃すが、司葉は藤崎を睨みつける。

司葉「ネズミ、許す。ここでヤキを入れていい」

 慌てて高志が口を挟む。

高志「詩織は確か、ママの匂いと・・」
司葉「由里も克己さんと会った時、懐かしい香りと言った」
根津「私は鼻が利く方ですが・・別に・・・」
藤崎「動物は聞き取れて人間には聞こえない音域のように、女性だけにしか匂わない体臭があるんですよ」
司葉「それは初耳だ」
根津「だから〜会長もヤブサギと呼びながら騙される」
司葉「嘘か?」
藤崎「いえ、相対性理論でアインシュタインが証明しております」
司葉「簀巻きにして湖に放り込んでこい!」

 また高志が割ってはいる。

高志「つまり、香織と克己さんは体臭が似ているということですか」
藤崎「ともあれ、事故の後遺症から詩織ちゃんが回復するいいきっかけだ」
司葉「しかし、お前が立ち直らないとな、まず」

 高志、3人の視線を浴びて俯く。

○克己の部屋

 ベッドには一緒に詩織が寝ている。窓からの月を見ながら考え込んでいる克己。詩織が寝返りを打って克己に抱きつき、克己が愛しそうに胸に抱く。

○高志の部屋

 布団が3人分敷いてある。浩志はテレビゲームをやっていて、高志が入ってきても目を離さない。

高志「詩織は?」
浩志「おばさんと寝るって」
高志「ずっと一人でいたのか?」
浩志「さっきまで慎さんがいた」
高志「そうか、適当に切り上げろよ。目に悪い」
浩志「わかってる」

 高志、布団で寝てしまう。ゲームを続ける浩志。

○ 厨房

朝食の支度をしている克己と幸子。食堂から高志が入ってくる。

克己「あ、おはようございます。朝食はもうすぐお呼びしますので」
高志「いえ・・詩織は?」
克己「私の部屋でまだ・・申し訳ありません、勝手に連れていきまして」
高志「とんでもない。私たちがいる間、詩織をお願い出来ますでしょうか。私と浩志はご面倒をかけないようにいたしますので」
幸子「だいじょうぶです〜」

 奥から幸子の声。

幸子「祐さんが〜手伝いに〜来てくれます〜お父さんが〜牧場の〜仕事休んで〜いいって〜」
高志「それこそご迷惑を・・」
幸子「私〜祐さんと〜一緒にいられて〜嬉しいです〜」

 幸子、鼻歌で野菜を切っている。高志、克己に向き直る。

高志「会長には昨夜話しておりますので、宜しくお願いします」
克己「はい、私・・詩織ちゃんが大好きです」
高志「よかった」

 一礼して高志、ロビーに移る。