海外旅便り


アルバム1


あぁ〜憧れの宮中都市、マチピチュ。お天気が悪く、霧の合間から観えた時には感激!なおさら幻想的です〜
世界遺産の行きたいところNO1に選ばれたマチュピチュ、山の急な斜面を利用した段々畑、ここにとうもろこしを植えていたそうです。




クスコのサクサイワマン遺跡でのアンデスの民族衣装を着た人達と写真を撮りました
クスコ〜インカ時代の名残とスペインの征服の歴史の混じりあう古都
フォルクロ−レの音楽を聴きながら、夕食をいただきました。
「サクサイワマン」

クスコの東を守る堅固な要塞跡。
「サクサイ」

遺跡は3層の巨石が22回のジグザグを描きながら360mにもわたって続く
「12角の石」

「カミソリの刃1枚すら通さない」という評判で多くの人に知られるインカの石材建築。クスコの旧市街にはこの精巧な石壁が続く通りにこの12角の石があります
「車窓から」

高さはだんだん低くなり、穏やかな田園風景になります
「マチュピチュ」

見張り小屋そばにあるいけにえの台、向こうに段々畑が見えます、ここでとうもろこしを栽培していたようです。日本と違い白くて大きいとうもろこしです。
「遺跡の入り口」

いよいよ遺跡の内部へ〜風通しを良くするためにこんなような入り口がいくつかあるようです
「太陽の神殿」

自然石の上に建てられた見事な石積み技術、石がこれほどまでに美しい曲線が描けるだろうか
「コンドルの神殿」

コンドルの神殿の半地下には牢獄があり、インカ帝国では盗まない、怠けない、だまさないとい掟を破った者に対して重い刑が下された。
「3つの窓の神殿」

この3つの窓から初代皇帝が生まれたという伝説がある
「マチュピチュ」

貴族の居住区、マチュピチュの入場料は20ドル、それは雑草を刈ったり、遺跡の維持に当てられる。
「インティワタナ」

跡の最高地点にあり角柱の各角が東西南北を指し示すから日時計といわれているが、定かではない。インカは太陽暦を利用していた
「車窓から」

こんな電車に乗り、クスコ〜アグアス・カリエンテス駅に3時間45分。それからシャトルバスで20分でマチュピチュに着きます。
「車窓から(バス)」

クスコからプ−ノに向かう7時間のバスの旅。途中の町の風景
「ウロス島」

プ−ノにあるチチカカ湖、琵琶湖の12倍の大きさ、そこにトトロという葦で出来た浮島、ウロス島があります
「ウロス島」

浮島は大小40くらいあり、約700人が生活している、ここで獲れる魚や畑まであるんですよ


「トトラのおうちの中」

あ、中にはテレビもある、現代がだんだんここにも入り込んでいるのですね、この笑顔がいいな〜
「セスナ機」

いよいよナスカの地上絵を観にセスナに乗り込みます
ナスカの地上絵、これモンキ−です。
だんだん風化していくようです
「ナスカの地上絵」

これはスパイダ−です
「ナスカ地上絵」

ハチドリです、近くのレストランの庭でハチドリ見ました
「ナスカの地上絵」

これはコンドルです、わかるかな?
「ナスカ地上絵」

これは宇宙人です。仮説のなかに宇宙人からのメッセ−ジというのがあるけど、私は違うと思います
「ミラド−ル」

上空からみたミラド−ル(観測塔)、そばに手と木の地上絵が観えます
「ミラド−ル」 

このナスカの地上絵の研究と保存に半生を捧げたマリア・ライヘ女史が造ったミラド−ルです、3階建てで風が強く、下るときはちょっと怖いです
「クスコ」

旅友が送ってくれたサクサイワマン(クスコ)、広角レンズのカメラで撮るとこんなに違うのですね
「クスコ」

もう一枚、景色を撮るときは広角レンズはいいですね〜
「レバノン」

アンジャ−ル遺跡、8世紀初頭のウマイヤ王朝の王宮都市
「レバノン」 

アンジャ−ル遺跡、ア−チ型の柱はきれいですね
「レバノン」

アンジャ−ル遺跡、これは王宮の宮殿だったところでしょうか?壁がきれいに残っています
「レバノン」

前の建物の丁度裏側です
「バ−ルベック

世界最大規模のロ−マ遺跡(レバノン)中央に見える6本の柱はジュピタ−神殿、もともとは9本あったが、1751年の地震で倒壊。太陽神を祭っていた。
「バ−ルベック」

ここにロ−マがやってきたのが紀元前64年、それから歴代の皇帝200年以上の時をかけ土着の神と自分達の神を融合させ、巨大な神殿を造りあげた。
これは神殿の前庭部分。
「バ−ルベック」

神殿の大庭園
「バ−ルベック」

崩れた柱の彫刻
「バ−ルベック」

バッカス神殿、現存するロ−マ遺跡では、世界でもっとも保存状態のよいもののひとつ。周りを囲む列柱の高さは20メ−トル
「バ−ルベック」

バッカス神殿の内部、ここの祭壇付近にバッカス神などの浮き彫りが残っていることから、バッカスの神殿と推測された。
「シリア」

12世紀に造られた十字軍の要塞、クラック・デ・シュバリエ
「クラック・デ・シュバリエ」

シリア高原地帯と地中海を結ぶ戦略的に重要な地に建てられたこの堅牢な要塞は、元来アラブの軍の砦だった場所を十字軍が占拠した
「クラック・デ・シュバリエ」

イスラム風の内装が施され、ヨ−ロッパとイスラムの融合が美しい建築的効果を生み出した。城の上からはふもとの町を見渡せる。
「パルミラ」

ナツメヤシの木陰に栄えた隊商都市、パルミラのベル神殿
「円形劇場」

町の中心にはロ−マ時代に建てられた劇場で、当時はギリシャ悲劇など上演され、パルミラを訪れる旅人や住人の娯楽の場であった
「パルミラ」

高さ150メ−トルの岩山の頂にあるアラブ城塞からパルミラの全容が一望のもとに観られます。特に夕日の時間、遺跡がうっすらピンク色に染まる光景が美しい
「レバノン料理」

アラブ料理というとレバノン料理が主流で、レストランの席につくと、先ずはテ−ブルいっぱいに、野菜や豆、ハ−ブたっぷりの小皿が並ぶ。これらを「ホブス」という平たいパンですくって食べる。
「マンサフ」 

宗教上、豚肉は食べない。これはベドウィンのもてなし料理がル−ツのマンサフは、松の実などを炊き込んだサフランライスの上に、ヨ−グルトで煮込んだ羊肉や鶏肉がのせてある。
「八百屋」

こんな風に野菜が雑然と並べられている
「ウマイヤド・モスク」

シリアのダマスカスの旧市街にあるこのモスクはウマイヤ朝の時代、715年に建てられた世界最古のモスク、常にイスラムの各国から巡礼者が絶えることがない。女性はベ−ルを被って入らなければならない。
「ボスラ」 

中東最大と言われるボスラのロ−マ劇場、この辺は火山帯だったので黒色の玄武岩で造られている。2000年の歴史をもつ
「ロ−マ劇場」

世界遺産の円形劇業で課外活動、なんとも羨ましい光景です、音響効果もすばらしいそうです。
「モザイク」

劇場で見たモザイク模様。モザイク絵画はとても緻密ですてきです
「ジェラッシュ」

この遺跡はロ−マ人がアラブに造ったロ−マ都市の中でも最も華麗かつ壮大な遺跡のひとつです
「ジェラッシュ」 

アルテミス神殿、ここの柱には耐震装置がありました。
「円形劇場」

音響効果がわかるように〜
「フォ−ラム」

3000人を収容し、ほぼ完全な状態で保存されている卵型の広場。かっては市場か宗教儀式に使われていた
「ジェラッシュ」

列柱通り、こんなところを歩いていると昔の繁栄していた時は、さぞかし賑やかで壮大であったと想像されます
「ネボ山」

映画「十戒」を観た方ならモ−ゼの出エジプト記、そしてここネボ山がモ−ゼ終焉の地であるのがわかるかと〜
「モザイク」

ネボ山にある教会の4世紀のモザイク画
「ネボ山」

ここからモ−ゼは民にパレスチナに行くのを見送ったとか〜、下の方には死海やイスラエルが・・・
「死海」

このホテルのプ−ルの向こうが死海です。塩分濃度が強いので、かなづちでも浮きます。残念ながら水着姿はお見せできません。
「紅海」

これが「十戒」で有名な海が二つに分けられる紅海です。向こうに観えるのがイスラエル、その左横はエジプトです
「ペトラ」

いよいよ今回の旅行のメイン、ペトラの遺跡群です。地殻変動により出来た大地の裂け目、60〜100メ−トルの高さの絶壁の間の隙間(シク)を通ってペトラの遺跡に行きます。
「ペトラ」

新石器時代からこの地に集落が形成されていた、紀元前4世紀ごろアラビア半島にル−ツを持つ隊商民族ナバテア人が王国を築いた
「ペトラ」

2kmのシクを通ると、映画「インディ・ジョ−ンズ/最後の聖戦」で有名になったエル・カズネ(宝物殿)が現れます
「エル・カズネ」

そびえる崖を深く掘り抜いた神殿の風貌を持つ巨大モニュメント、コリント様式の柱と繊細なレリ−フに注目
「エル・カズネ」

エル・カズネ(宝物殿)の内部はがらんとして何もない
「ペトラ」

カラフルな自然の岩肌
「ペトラ」

バラ色の岩肌と呼ばれ、そのカラフルな岩から砂にして土産様に砂絵のボトルが売られている
「ペトラ」

エル・カズネからしばらく歩いて行くと、みやげ物やなどの休憩場所がある
「ペトラ」

王家の墓と呼ばれる岩窟墓群
「ファミリ−」

途中で合ったヨルダンの家族、小さな子はどこの国でも可愛いですね。
アラブの女性は写真を嫌います
「ペトラ」

頂上まで約1時間、さて上には何があるのでしょうか?
「ペトラ」

どんどん上に登ってきました、ここペトラの遺跡はまだ全体の一割程度しか発掘されていません。1812年にスイスの探検家によって発見されました。
「エド・ディル」

かってここに修道士たちが住んでいたからディルとは修道院を意味する。1世紀中頃に建てられたナバタイ人の神殿。
「ハラナ城」

アンマン近郊には砂漠の城が点在する。保存状態がかなりよく、でも宮殿なのか、要塞なのか謎の建物である
「アムラ城」

砂漠の城の中で最も美しく有名。6世紀に建てられたが隊商宿として使われたらしい、内部にはフラスコ画が残っている。ユネスコも世界遺産に登録されている。
「中東の旅」

これでシリア・ヨルダン・レバノンの中東の旅は終了します。観てくださったかたありがとうございました。さて次はどこをUPしようかな?お楽しみに^^