海外旅便り


アルバム4


実際は過酷で残酷、生き物を寄せ付けない砂漠、でも何ともいえない神秘的な砂漠、形をさまざまに変える風紋、空から観るとまるで砂の海〜
日程もゆったりチュニジアをくまなく観てきました
「ウティカ遺跡」

メジェルダ川の河口に紀元前1100年、フェニキア人により作られた商業港が、次第に町となっていった。第三次ポエニ戦争後はロ−マのアフリカ領の首都となる。 ここも花が咲きさわやかな風が吹いていました。
「バルド-博物館」

3日目の午前中はバルド−博物館をゆっくり見学しました。世界一のモザイクコレクション誇るバルド−美術館は、もとはオスマントルコ帝国支配下のチュニジアの統治者の宮殿でした。1888年より博物館に。チニジア国内の遺跡のモザイクタイルが集められています。見ごたえ充分!先ずは入り口を入ると中庭には洗礼の噴水があります
「バルド−博物館」

2階カルタゴの間、ここにはマハディアの沖で難破したギリシャ船から発見された数々の品がある。大理石ありブロンズありと華やかだ。またスファックスで発見されたバルド−博物館が誇る緻密なモザイクが多数ある。
「モザイク」

博物館は3階建てで30室以上の部屋があり、すばらしいモザイクのコレクション、「チュニジアのル−ブル」と言われています。当時の農業や野獣の狩猟風景のモザイク
「モザイク」

一般にモザイクは幾何学模様が多いのですが、この博物館には人間や動物が描かれた作品が目立ちます。当時の人々の生活が分かり面白いですね〜
「モザイク」

さて皆さんにはまだまだ素晴らしいモザイクを観ていただきます^^これはこの博物館の中で最も美しいとされてるモザイクです。ギリシャ神話やロ−マ皇帝をテ−マにしたものが多いです
「モザイク」

そろそろモザイクに飽きてきましたね(笑)あまりの数のモザイクにもう圧倒されっぱなしでした。最後にネプチュ−ンの勝利のモザイクで4隅が四季(春:バラ、夏:麦、秋:ブドウ、冬:オリ−ブ)を表わしている。
ビザンチン時代になると、お墓や教会の飾りのためのモザイクになり石も大きく雑になってきます。
「チュニスのメディナ」

中世の名残を残すフランス門や、各種工芸品、生活雑貨を扱うス−クなど、迷路のような狭い通りを歩いてみました。「オリ−ブのモスク」と呼ばれるグランド・モスクは初期イスラム様式の重要建築物で、チュニスのメディナはこのモスクを中心に発展、1979年世界遺産に登録されてます。
「ス−ク」

メディナ(旧市街)にはス−ク(市場)があり、金製品、帽子、婚礼用品、香水などの同業者が同じ通りに店を構えている。自由時間があったので、私は香油のお店で買い物、花や果物などの香油が量り売りしてくれます。これをお風呂に数滴入れると、浴室がいい香りに包まれます^^
「メディナにて」

こんなようなオ−プンカフェがあちらこちらに〜女性はあまり外に出ないので、ほとんど男性ばかり、のんびりお茶を飲んだりシ−シア(水タバコ)をしたり、男性にとって重要な情報源の社交場なんですね〜
「ザグ−アンの水道橋」

水源のザグ−アン山から地中海に面したカルタゴまで、全長132kmという長さを誇る世界最長のロ−マの水道橋。現在残る部分だけでも20kmありわずかな高低差を利用して自然に流れるように設計されている
「菜の花畑」

北アフリカにおけるイスラム発祥の地、カイラワンに向かう途中に一面の菜の花畑があり、写真ストップです。日本と同じ風景に感激です
「アグラブ朝の貯水池」

9世紀、アグラブ朝時代に造られた中世世界では最高技術のもの。現在は大小4つが残されているが、当時は14の貯水池があった。36km離れた丘の上から水道によって運ばれ、最初は小さいほうで浄化して大きい貯水池に〜
「アラベスク」

シディ・サハブ霊廟の周囲の壁に施された色鮮やかなタイルの技術はスペインから学んだものです。素晴らしいですね〜
「グランド・モスク」

マグレブ地方で、最初に建てられた最大のモスク。大理石が一面に敷き詰められた中庭の中央に排水溝の穴があり、緩やかな傾斜で雨水が溜まり、地下貯水槽からいくつかの井戸にいく仕組みになっている。ミナレットは高さ31.5mで見張塔でもあった。
「カ−ペット」

カイラワンは、イスラム世界ではメッカ、メディナ、エルサレムに次いで4番目に重要な聖都であり、カイラワンへの7回の巡礼は、メッカへの一度の巡礼に値する。またここはカ−ペットの産地としても有名です。1988年、町は世界文化遺産にも登録されています。
「スフェチュラ遺跡」

チュニジアに残る一番新しいロ−マ遺跡。フォ−ラム広場にある3神殿、左からミネルバ、ジュピタ−、ジュノ−で3っ揃うのは珍しいそうです。
「トズ−ル」

夕方、砂漠の町トズ−ルに着き、カレ−シュ(馬車)に乗り、オアシスの散歩に〜ナツメヤシが生い茂り、その下にバナナ、イチジク、アンズの木々が見られ、ナツメヤシの木登りの実演を見ました。
「なつめやし」

トズ−ルのオアシスは「光の指」と呼ばれるチュニジアでも最高品質のダット(なつめやしの実)が取れることでも有名、このなつめやしの実のお陰で昔から栄えてきたともいわれている。植物繊維やミネラルを含んだダットはデザ−トやラマダン開けに食します。
「レザ−ル−ジュ(赤いとかげ)」

今日から2日間は4WDに分乗して、山岳オアシス見学に出発です〜先ずは赤いとかげと呼ばれる列車に乗り、まるでグランドキャニオンをコンパクトにしたみたいなところをくねくねと行きます。途中2箇所の写真ストップで休憩があります
「レザ−ル−ジュ」

セルジャ渓谷の間の、リン鉱石を洗うため、色が黒く粘土のような川が流れるところで、写真ストップ。ここはもともとリン鉱石を運ぶために敷かれた16kmの鉄道。現在もチュニジアのリン鉱石の採掘量は世界第4位だそうです。
「ミデス」

アルジェリアの国境まで2kmで、村はバルコニ−オアシスといって、切り立った渓谷の上にある。下をのぞくとぞっとするほど深い。ここは映画「イングリッシュ・ペイシェント」で、イギリス人の患者が夢の中で砂漠をさまようシ−ンが撮影されました。ミステリアスで雄大な景色が観られます。
「タメルザ」

山岳オアシスの村、タメルザには1992年にオ-プンした人気の4つ星の高級ホテルが切り立つ山の上に建てられています。私達は宿泊はしませんでしたが、ランチをいただきました。
「タメルザ」

タメルザ・パラスの眼下には、あの洪水で廃墟となったベルベル人の旧村を含む壮大な眺めが〜
「タメルザの滝」

落差は5m位ですが、砂漠にとっては珍しく貴重な滝、飛び込んでる人もいました、気温は28度くらいあったかな〜美少女にもなぜか心癒されます^^
「シェビカ」

山岳オアシスの村、最後は山すそに雲のように浮かんで見えるオアシス、シェビカです。ここも1969年の洪水で水没してしまいました。現在は谷間とは別の所に新しい村が造られ、人々はそこで暮らしています。
「祈りをする人」

 ここはスタ−ウォ−ズ、エピソ−ドUのロケ地(1998年)で、セット跡を見学しました。イスラム教の人は、一日5回、メッカの方を向きお祈りをします。
「ラクダに乗る」

さぁていよいよラクダに乗り、砂丘を30分お散歩しました。陽がさすともうじりじりと暑く、やはり砂漠ですね〜「砂漠の船」といわれるひとこぶラクダ、ドロマデ−ル(フランス語
「テントホテル」

今夜は砂漠のテントホテルに泊まりました。食事は少し離れたところのレストランでとります。夕方風がありテントが揺れてましたが、夜にはおさまり、きれいな星空も観えました。
「テントホテル」

これがテントの内部です。ダブルベッドとシングルのベッドがあり、洗面所とシャワ−ル−ムがありました。エア-コンデションも付いてました。夜、外は真っ暗ですが、ところどころにフットライトがあり、一応懐中電灯も持って行きました。一度経験すれば、もういいかな(笑)
「展望台から」

テントホテルに展望台のタワ−があり、朝登ってみました。もう朝日は登った後だけど、砂漠が観えました。まるで砂の海、さまざまに形を変える砂漠って神秘的ですね、何時間観ていても飽きない光景です。
「シェニニ」

12世紀より標高400mの丘の斜面に張り付くように、今も昔ながらの生活を営むベルベル人の集落。頂上部のクサ−ルはほとんど廃墟で、今も200人程が住んでいる。
「クサ−ル・オウレッド・スルタン」

4階建てのゴルファを持つクサ−ルで、保存状態がよく、いくつかは今も穀物倉庫として利用している。壁の上の方の棒はロ−プと滑車をつけて上の階に物を運ぶためのもの。毎年3月クサ−ル祭りの会場となる。
「オレンジボ−イ」

今回の旅行で、必ず1個はオレンジいただいてました。日本ではほとんど食しないオレンジ、でもここのオレンジはとてもジュ−シで美味しい!丁度時期なのかあちらこちらでオレンジ見かけました。勝手にオレンジボ−イを呼んでしまいました。木になってるのは観賞用で甘くありません^^;
「スファックス」

チュニジア第二の都市で人口は100万人、大きな漁港・工場も沢山あり商業、経済の中心、日本で言えば大阪のようなところ〜城壁に囲まれたメディナの活気ある市場を見学しました。先ずは魚市場。
「エルジェム円形闘技場」

ロ−マ・ヴェロ−ナの次、3番目に大きいコロセウムで、収容人数3万人。地下には動物のおりやエレベ−タ−、水をためる井戸もありました。なんだかタイムスリップして、観客の歓声が聞こえてきそうです。
「何かな?」

これ何だと思いますか?は〜い鳥かごです(笑)これはレストランにあった装飾用ですが、大きいですね〜チュニジアでは大小いろいろな鳥かご見ました。ホテルのレセプションで鳥かごのポスト、土産用の小さな可愛いのもありました
「チュブルボ・マジュス」

この町はロ−マ人がやって来る以前の紀元前5世紀頃から、ベルベル人、そしてのちにフエニキア人の都市として存在していた。現在ここで見られる遺跡の多くは紀元2〜4世紀のロ−マ時代に建てられたもの
「ハマメット」

昼食は眺めのいいレストランでシ−フ−ドサラダとメルル−サのグリル、景色が素晴らしくて何を食べても御馳走でした。
「ハマメット」

昼食後迷路のようなメディナを歩きました。すてきなドア−があったり、可愛いお店があったり、絵になるようなところばかりでした。
「ナブ−ル」

陶器の町、ナ−ブルのオブジェ。ここでも陶器工房を見学して実演と買い物をしました。
クアラルンプ−ル」

は〜い、南国の国から無事戻りました。クアラルンプ−ルのランドマ−クのツインタワ−です、ほとんどオフィスが入っているようです。
「王宮」

1時間ごとに衛兵の交代です。丁度タイミングよく観られました。
「マラッカ」

14世紀終わりにマラッカ王国が作られてから近郊諸国と交流を行いイスラム教が伝来。その後マラッカ海峡を利用した貿易が発達。16世紀以降にはポルトガル、オランダ、イギリスなどの支配下に置かれ、その間中国人が多く移民してきた。
「マラッカ」

オランダ広場、客待ちのトライショ−(人力三輪車)が並んでます。かってはマレ−シア各地で市民の足として親しまれてきたが、今は観光用として〜
「マラッカ海峡」

セント・ポ−ルの丘から観たマラッカ海峡
「ケルクアン」

ボン岬の先端にある北アフリカ唯一の純粋なカルタゴ遺跡。地中海の覇権をめぐりギリシャに攻められ、その後第一次ポエニ戦争でロ−マ軍により破壊されたフエニキア人の町
「石切場」

フェニキア人がカルタゴの町の建設に、続いてロ−マ人がカルタゴの町の再建時に利用した石切場(洞窟)。小高い丘の上から下へ穴を掘り、さらにその周りを掘る。数ある洞窟の内、観光用に開放している一つを見学。砂岩で深さ30m、ラクダ岩と呼ばれている岩。
「チュニス」

そろそろ旅も終わりに来ました。チュニスのホテルに戻り、今日の夕食は「エッサラヤ」というレストランで〜、皆さんちょっとおめかしして、ウド−の生演奏付き
「ブラレジア」

ベルベルのヌミディア王国の首都だった。その後占領したロ−マ人は、この土地の暑さに適応できず、マトマタの穴居住宅を参考に夏の3ヶ月間住む地下住居を作る。
「ブラレジア」

地下にあるため、とても綺麗にモザイクが残っている
地下住居の床に描いてるモザイク絵、素晴らしいのでもう一枚みてください

地下住居の床に描いてるモザイク絵、素晴らしいのでもう一枚みてください
「ドゥッガ」

アフリカを代表する一番大きな保存状態の良いロ−マ遺跡(世界遺産)ブラレジアと同じくベルベル人のヌミディア王国だったところをロ−マが支配。3500人収容の劇場は山の斜面に建っているので、一番上に登ると、とても眺めがいい。
「ドゥッガ」

丁度春の花咲くいい時期でした^^遺跡に花って似合います。兵どもが夢の後って感じ〜