「 弔 問 屋 」


 「おかあさま、どうしておとうさまのおしゃしんがあそこにあるの?」

 あどけない子供の声に,私は声のする方向へ視線を移した。焼香台の前で、白いレース衿のついた黒ワンピース姿の幼女が、母親を見上げている。年齢は五歳くらいであろうか。大きな瞳をまばたきもさせず、じっとみあげている。

 白珊瑚の数珠を手に焼香を始めたばかりの母親は、びっくりした様子で幼女を見た。それと同時に、親族が居並ぶ内陣にどよめきが沸き起こり、視線が一斉にその母親に注がれた。

 列に組み込まれた弔問客の方は、何事もなかったようにしずしずと焼香台に進んだ。それでも弔問客の好奇のまなざしは、二人の姿とどよめきが起こった内陣に、しっかりと注がれていた。

 母親は焼香もそこそこに、子供の手を取ると、急ぎ足でその場を離れようと列の外へ急いだ。

 「ねえ、おかあさまあ、どうしてなの?」

 繰り返す子供の声をさえぎるように、母親の手が子供の口もとをそっと押さえた。彼女の頬をつたう涙が光っていた。

 間もなく家人とおぼしき男性が、急ぎ足で駆け付けてきた。そして母親の方を抱きかかえるようにして、子供とともに別室へ消えた。

 急逝した大沢一朗の葬儀は自宅で執り行われていた。享年五十八歳、まだまだ働きざかりの年齢であった。菊の花だけを整然と丘のように配列した祭壇に、故人の遺影が微笑んでいた。私とは銀行の支店は違うが同期の入社であり、ともに支店長として良きライバルであった。

 大沢一朗に、あのような隠し子があったとは……。私は驚いた。大沢は、生真面目な男で、子煩悩でも知られていた。家庭を大事にしていたあの大沢が、いつの間にもうひとつの家庭を持ったのだろうか。いくら考えても解せなかった。喪服に包まれた婦人の楚々とした美しさ。愛らしい子供。葬儀の場所でさえなかったら、好奇のまなざしに追われることはなかったであろうと、私は不憫におもった。

 別室へつれて行かれた婦人は、親族から故人との関わりを聞かれたが、ただ泣きじゃくるばかりで何も答えず、子供も黙ったきりであったと、私はあとで聞かされた。困り果てた家人は、金一封を包んで婦人に渡し、人目に付かぬよう、丁重に駅まで送って行ったとのことだった。

 六月、私は取引先の社長の教会葬に参列した。蒸し暑い梅雨の合間の日だった。新築されたばかりの白く新しい教会は、市内の閑静な住宅地にあった。人々は一様に黒の服装であったが、祭壇は様々な種類の献花で華やかに埋めつくされていた。遺影は威風堂々として、創設者の威厳を保っていた。

 その時である。澄んだ声が教会内に響いた.

 声のした方向には、黒い帽子にネットを顔面に垂らし、黒のワンピースを着た、大沢の葬儀で目にしたあの婦人が立っていた.パールネックレスの大きな粒が、白いうなじをとりまいている。婦人の嗚咽が、華奢な体と抱えられた百合の花束を小刻みに震えさせていた。婦人は黒いレースのハンカチを頬に押し当て、溢れ出る涙をぬぐっている。魅惑的な細い足が、品のよい黒のパンプスまですらりとのびていた。そばにはやはり、白いレース衿の黒ワンピース姿のあどけない女の子が立っていた.

 再び、歌うような、あどけない声が教会中に響いた.

 「ねえ、おかあさまー、パパのおしゃしんよ、どうしてあそこにあるの?」

 秘書とおぼしき男性が、小走りに二人の方向に駆けよってくるのが目に入った。